用事があって池袋に出かけた。電車に乗って都心(池袋は都心か?)に出かけるのは、ほぼ半年ぶりのことである。
堀辰雄の本を買って帰ろうと思って、ジュンク堂と西武の三省堂(かつてのリブロ)に立ち寄った。
堀辰雄ならどの書店でも文庫本の2、3冊は置いてあると思ってこの2軒を回ったのだが、わずかにジュンク堂に角川文庫の『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』が1冊、三省堂に小学館文庫の『風立ちぬ/菜穂子』が1冊あるだけだった。ただし、この2冊とも2021年に重版されていた。
『風立ちぬ 美しい村』は新潮文庫の旧版(昭和26年)を持っているのだが、旧字体、旧かな遣い、振りがな(ルビ)はほぼ皆無のため、ぼくには厳しかったので、『美しい村・風立ちぬ・麦藁帽子』(角川文庫、2021年改版50版)を買って帰った。
新字体、新かな遣い、ルビもたくさんあり、しかも改版されて誌面がすっきりしている。表紙のカバーが白樺というのもいいが、少し明るすぎるか。
毎年夏休みが近づくと、書店の店頭に「新潮文庫の100冊」とか「岩波文庫の100冊」、「角川文庫の名作100」といった冊子が置かれる(上の写真)。
無料なので毎年持ち帰って取ってあったのだが、退職時の断捨離でほとんど捨ててしまった。手元に残っている冊子の中で、堀辰雄の本が入っているのは、1993年版の「新潮文庫の100冊」が最後だった。
1988年版と1993年版では『風立ちぬ 美しい村』(もちろん新潮文庫)が入っていたのだが、2021年夏の「新潮文庫の100冊」では、堀の作品は一つも入っていなかった。いつから堀の作品は「新潮文庫の100冊」から消えてしまったのだろうか。
※ その後、この手の冊子が何冊か見つかった。「“ナツイチ” 集英社文庫 夏の1冊」の1993年、1995年、1996年、1998年[目録]の4冊と、角川文庫創刊50周年記念「’98 角川文庫の名作150」である(上の写真)。この中で、集英社文庫目録の1993年版から1996年版までは、「ヤング・スタンダード」というコーナーに堀辰雄「風立ちぬ」が入っていた。
1996年版などは、巻頭の集英社文庫の特徴を示す見本として「風立ちぬ」が取り上げられているではないか! そこには、新かな、ルビ、巻末注のほかに、評論家・作家による解説、著名人による鑑賞、著者の年譜が付いていることに加えて、作品にゆかりのある写真が添えられている。その写真の中には、著者や当時の聖パウロ教会のほかに、何と「風立ちぬ」の節子のモデル矢野綾子の肖像写真まで載っている(下の写真)。
「集英社文庫 夏の1冊」も「角川文庫の名作150」も、かつては旺文社や学習研究社の学年別雑誌の夏休み号の付録についていた「読書案内」のような趣向が凝らされていて、何とか若い読者層に読んでほしいという思いが伝わってくる。しかし「集英社文庫」目録の1998年版では「風立ちぬ」は落ちてしまっている。1996年版の努力にもかかわらず売り上げは伸びなかったのだろうか。
「新潮文庫の100冊」の1994年版も見つかったが、この年もまだ「風立ちぬ・美しい村」が紹介されている。「集英社文庫」目録からも推測すると、どうも1998年頃を境にして堀辰雄はわが国の読書界からは消えていってしまったようだ(宮崎駿のアニメ映画に便乗して一時「風立ちぬ」だけが復活したようだが)。
ぼくたちの中学生、高校生の頃は、夏休みの読書案内などには必ず堀の「風立ちぬ」「美しい村」「幼年時代」あたりが推薦図書になっていた。
高1コース(1965年)8月号夏季特別号第2付録「*読書感想文に役立つ*世界日本名作への招待」には「風立ちぬ」が、高2コース(1966年)4月進級お祝い号第3付録「高2生の必読書100選」には「幼年時代」が入っている(後者には瀬沼茂樹らによる選定座談会もある。※上と下の写真)。
時代は変わってしまったようだ。
結核はもはや死に至る病ではなくなったし、そもそも感染する人もほとんどいない(ただし最近は微増傾向にある)。ぼくみたいに、高校時代に「陳旧性結核痕あり」などという診断を食らう若者も、今ではほとんどいないのだろう。
※ 下の写真(右側)は何年か前の堀辰雄文学記念館のポスター。左側に貼ってあったのは追分資料館の「村岡花子と軽井沢」のポスター。村岡と軽井沢はどんな関係だったのだろう。
軽井沢は堀が描いたような「美しい村」でなくなって久しい。追分はまだ少しはましかもしれないが、それでも旧中山道も1000メートル林道も、さらには旧中山道と林道とを南北につなぐ小道さえもが舗装されて車が行きかうようになってしまった。
どこに堀のよすがを偲べばよいのだろうか。「昭和も遠くなりにけり」である。昭和28年で時が止まってしまった堀はその点では幸せだったかもしれない。
2021年10月21日 記
ーー10月21日は「国際反戦デー」である。50年前のこの日(と4月21日)は多くの学生にとってデモに参加する日だった。「スケジュール闘争」とか揶揄されても。
※ 2021年10月30日 追記