堀辰雄『ルウベンスの偽画』(講談社文芸文庫、2011年)を読んだ。同書に併録された「昭和の文学/堀辰雄」(佐多稲子、佐々木基一、小久保実)も読んだ。
「ルウベンスの偽画」は、片山広子母子をモデルにしたような母娘に思いを寄せる堀辰雄を思わせる青年が主人公。
母と娘は軽井沢の別荘に暮らしており、青年は本町通り(旧軽銀座通り)に面した軽井沢ホテルに逗留しているようだ。
青年は、その娘のことを「ルウベンスの偽画」と呼んでいる。ルーベンスがどんな絵を描いていたか、どんな特徴のある女性の絵を描いていたか、ぼくには覚えがない。
ぼくがこの小説を読んだお目当てである、千ヶ滝のグリーン・ホテルも登場した。堀は「グリイン・ホテル」と表記するが「グリーン・ホテル」だろう。
※ 旧字体、旧かなづかいでは不便を感ずる若い読者が圧倒的多数になったため、「残念ながら」現代表記に改めることにしたという岩波文庫版『菜穂子(他5篇)』(1973年)では「グリーン・ホテル」に改められていた(13頁)。題名までもが「ルーベンスの偽画」に改まっている(2021年10月17日追記)。
母娘と青年の3人で浅間山のふもとまでドライブに出かけるのである。秋が深まっているらしく、ホテルは空っぽで、ボーイが「今日あたり閉じようと思っていた」と言う。今シーズンの営業終了の意味らしい。
主人公の若い二人が2階の窓からルーフ・バルコニーに出る場面があるが、そのような屋根があった記憶はない。
※ 上の写真は1970年代のグリーン・ホテル。ものの本によると、屋根は「ペール・ブルー」(緑青色?)とあったが、この時の屋根はえんじ色のようだ。しかも、2階から玄関の上の屋根に出られなくもないようにも見える。
ひたすら秋の軽井沢を思いながら読んだ。
秋になって人気も絶えたあの旧道(通称「旧軽銀座」)。この小説では「本町通り」と呼んでいるが、80年以上前にあの道を堀辰雄が一人ぽつねんと彷徨したのだと知っていたら、先だっての人気の少なくなった旧道も違う目で眺めることができただろう。
ただし、堀辰雄の時代には旧道は土道で、舗装もされていなかった。
冒頭で、青年が軽井沢駅に到着すると、ちょうど駅前に停車したタクシーから美しいドイツ人の少女が降り立った。入れ違いに青年が乗車して、「町のほうへ行ってくれ」と指示するが、ふと気づくと、座席の下のマットに花弁のような形をした唾を吐いた跡があった。
この小説のなかでは、ここだけが結核を思わせる。
こういう小品を論評する能力はぼくにはない。大作を論ずる能力もないのだが。
2021年10月12日 記