「やさしい軍曹」(原題は“Soft Boiled Sergeant”,初出は“The Saturday Evening Post”,1944年)。『選集 (2)』渥美昭夫訳で読んだ。
「おれ」が16歳の新兵だった時のことである。おれが独りで寝台の上で泣いていると、古参の見習い曹長だったバークさんが声をかけてくれた。彼は25、6歳だったが、けっして若くは見えないほんとうの醜男だった(と語り手が言うのでそのままに書いておく)。フランス戦線で手柄を立てて勲章をいくつも持っているのだが、それらをおれの軍隊用下着につけておけと言う。おれは数日間、その勲章をジャラジャラと下着にピンでとめたまま歩きまわった。
バークさんと一緒にチャップリンの映画を見に行ったこともあった。バークさんはある赤毛の女が好きだったのだが、映画館でその女が別の男と一緒にいるのに出くわした。バークさんはちょっと挨拶しただけで何も言わなかった。おれも何も聞かなかった。
やがておれは転属になったけれど、バークさんに手紙を出すこともしないでいた。そうしたら、知り合いから手紙が来て、軍曹になったバークさんがパール・ハーバーで戦死したと聞かされた。日本軍の奇襲を受けて兵舎内に取り残された新兵を助けるために、バークさんは避難していた防空壕から飛び出して救出に向かい、新兵を救出した後で機銃掃射でやられてしまったという。肩甲骨の間に4発の銃弾の跡が残っていた。
おれの彼女のジャニタは、ハンサムな英雄みたいなのが出てくる嘘っぽい戦争映画ばかり喜んでいるような女だったのだが、おれがバークさんのことを話したら、ジャニタがはじめて泣いた。こういう女を女房にしなければいけない。
これも良かった。
バーク軍曹は、「優しいだけでは生きて行けない、優しくなければ生きている資格がない」というフィリップ・マーロウの “hard boiled” そのものだと思うけれど、そのバーク軍曹をサリンジャーは “soft boiled” だという。訳者は、題名の「ソフトボイルド」は「感傷的」くらいの意味だと言っている(186頁)。訳者が邦題とした「やさしい」のほうがいい。
ぼくは完全にサリンジャーの戦争中および戦後初期の短編のファンになっている。『ライ麦畑・・・』だけがサリンジャーではなかった。
図書館への返却期限も迫ってきたので、『サリンジャー選集 (2) 若者たち<短編集Ⅰ>』(荒地出版社、1993年)に収められた短編の感想文は今回で打ち止めとしよう。
2021年11月20日 記