京都からのスマホ投稿です。昨年末にサントリー美術館で、天上の美/飛天の美を見ましたが、昨日は改修なった宇治の平等院鳳凰堂で飛天さまに再会してきましたよ。その感想文は、後ほどということで、今日は、同じサントリー美術館で昨日まで開催されていた展覧会の感想文ということにしました。
サントリー美術館で、近年、所蔵品したという海北友雪(かいほうゆうせつ)筆の「徒然草絵巻」二十巻が初公開されているといので、遅ればせながら出掛けてきた。ほかの展示品が霞むほど、圧巻の徒然草絵巻だった。だって、巻物が拡げられて、序段のつれずれなるままに・・・から連続的に紙芝居をみるように見物が出来るんだから。その上、親切にも、兼好の文章も分かりやすく現代語訳してくれて、前の壁に貼ってある。
もちろん友雪の絵はきれいで、それだけでも鑑賞できるのだが、ぼくを含めて、たいていの人は、現代語訳を主にみて、あら図星だわ、うふふなどと笑いながら進んでいく。たとえば、第72段なんかは、誰でも思い当たる節があるだろう。賤しげなるもの。座っているあたりに、ごてごてと道具類を多く置いてある。庭に石や草や木がやたらに多い。家の中に子や孫が多い。仏に奉る願文に、善行を書き並べる。多くあっても見苦しくないもの。文車の上の書物。塵塚の塵。
79段。何事も深入りせず、自分はそんなことは不案内だというような顔をしているのがいい。立派な人は自分の良く知っていることでも物知り顔をしないものだ。片田舎からぽっと出てきたような人ばかりが物知り顔をする。自分がよく通じていることに関しては、必ず口重く、人に聞かれぬうちは言わないでいるのこそ奥床しい。
冷や汗を流しながら、歩く人の顔を観る面白さよ。あれこれ、いっぱいあったが、忘れてしもうた。やっぱり図録を買っておけばよかったかな。
徒然草絵巻(序段)
展示構成は、第1章が”兼好と徒然草”で、兼好図とか、兼好の死後100年も経ってから”徒然草”として知られたようで、その当時の写し本や人気本となった江戸時代の写し本が展示されている。直接関係がないが、国宝の知恩院蔵”法然上人絵伝”も展示されている。尾形乾山の兼好法師像が面白い。
兼好法師像(友雪)
兼好法師図(乾山)
第二章では”徒然草を描く”で、江戸時代になると、徒然草は絵画化されるようになり、奈良絵本、屏風、絵巻などが多数、現れる。ここでは、人気の仁和寺の和尚、木登り上手、久米仙人、ねこまた、等の段がよく登場する。
奈良絵本”徒然草”(富美文庫)
徒然草図屏風(上杉博物館蔵)
第三章が冒頭で述べた”徒然草を詠む”。海北友雪の作だが、有名な水墨画家、友松の子である。年表をみると、友雪が2歳のとき、父、友松は全盛期で、建仁寺の障壁画(トーハクで展覧会があった)を描いている。(随分と遅く生まれた子のようだ)。そして、18歳のときに父が亡くなる。59歳のとき相国寺の方丈襖絵 双龍図を描いた。
第四章では、海北友雪の画業が紹介される。展示リストをみると、海北友松夫妻像があって、みたかったが、前日展示替えになっていた。総持寺縁起絵巻や一の谷合戦屏風など。
一谷合戦屏風
楽しい展覧会だった。5月に金沢文庫でも徒然草展もみていますので、こちらもどうぞ。
あの日、7月2日は、1年のちょうど真ん中の日、ミッドデーだった。で、ミッドタウンがノッテいた(笑)。
ミッドタウンのサントリー美術館。もう、21日で終了だ。
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