どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

ポイント制は悩ましい

2016年06月25日 | 日記
三日ほど前にビックカメラからのはがきを受け取った

葉書のすみから紙をめくると 今持っているポイント数が表示されていた

なんでわざわざこんなお知らせするんだろうとその時は思い あとでまじまじと見たら 数日後に消滅してしましいますよ というお知らせだった

最後に買い物をしてから二年たってるわけね

早いなぁ 二年・・・・なんて感慨深げに言ってる場合ではなくて ポイントは5500円分ほどではあるけれど 消失させてしまうのには実に悩ましい金額

そもそもポイントってもの自体が 悩ましいものなのだ


家のそばの私の胃袋のほとんどを満たしていたスーパーには ポイントカードがある

そのせいか 同じ商品でも他の店と比べて少々高いと思われるものもある(全てではない)

そのポイント制度もここ10年の間に段階を踏みつつ変わってきて 要するに消費者からすると旨みが徐々に減ってきた

遂に今月から 週三回あったポイント倍増の日が二回になった

景気が良くなっているとは必ずしも言えないと こんなことでもわかる


ポイントカードをお作りしましょうか?とお店で言われても 最近は断ることも増えた

あんなものに下手に色気を出すと ロクなことにはならない

相手はそれを狙ってのことだから 本当に得なのかそうでもないのかは 色々なことを総合的に検討して判断する必要がある


悩ましいポイントをそのまま水に流すのも惜しくて カメラのレンズを買っちゃおうかな~なんて思ったけれど プリンタのインクが一色(黒の大きいやつ)もうほとんど無かったので それを買うことにした

ところが 品番もプリンタの型番も調べずに行ったものだから たぶんこれだろうとは思うけれど 初代も二台目もキヤノンではあるからわかるのはメーカーだけ

欲しいものは他に無いし(新居が出来たら 買う予定のものはあるけれど) 参ったな~と思っていたら店員さんがやってきて 以前にもここで買っていたら履歴でわかりますとのこと

調べてもらってようやくポイント継続達成

悩ましいポイントにまんまと釣られてしまった!


久しぶりにショップやデパートを眺め サイズも趣味もますます私から遠のいていく現実を知って 少しショックを受ける

気に入ったのはアークテリクスのゴアテックスのパーカーくらいで でも高いから今は保留

それに 今一番必要なのはパンツなのに サイズ スタイル カラー 素材など全てが気に入るものが見当たらない

シャツも最近 私には少し大きめになってきている

妥協すると やっぱり失敗することは目に見えている

なんでもっと普通の 性や年齢に見合った服装を好む しかもMサイズの人間になれなかったのかと我ながら悲しくなる


それでも今日はそこそこ歩いたし 素敵な一日でもあった

毎日を素敵な一日だったと思えるように過ごすのは 簡単なことなのか 難しいことなのか 

照る日曇る日 心が折れる日も万歳の日もあるけれど どんな一日であってもそう思えるような日々を送りたい

人生は 今日生きればそれで1ポイントなんて そんなに単純じゃない

でも 今日を生きた ってはっきり言えて 自分でポイントをあげられたらそれでいいかなって思う

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

早寝早起き

2016年06月24日 | 日記
この頃の私は 世に言う早寝早起の 更に上をいく生活になっている

つまり 労働者が仕事を終えて家路につくころに寝て 夜中過ぎに起きるといった具合

早朝からの生のラジオやテレビ番組を担当している人のような感じだ

冬と違って今は早起きは気持ちが良いし 静かな時間でもあるし 段々夜が明けてくるのを見るのも楽しみでもあるから これはこれで良いのだが なんだかとても年寄りになった気がする


先日 会社の上司だった人から昼間に電話があり 飲み会のお誘い

〇〇ちゃんは寝るのが早いって言ってたから 昼間に電話したとのこと

最近では もう夜はあかん

夕方から出かけるなどはたとえ近所の買い物でも もう億劫で億劫で

夜が楽しかった時代は完全に終わったようだ


両親も年を経るにつれ 世間並みに早寝早起きになっていった

私の帰宅が遅かったこともあるが すでに二人とも寝ていることがほとんどだった

母が亡くなり 父は更に早寝になったようで したがってやはり明け方前から目が覚めることになり 起床まで本を読んだり 季節の良い頃は早く起きて 新聞が届けられるのを待ち構えていて 少し遅くなると 今日はまだ来ていないと不満げだった

仕事をしていたので 老親と同居とはいえその日常を知るのは週末だけであり その週末も私は洗濯やら買い出しやらで忙しく 今思うとほとんど知らなかったような気もする


ここでの日記は 前日のものを早起きの深夜過ぎに書くというのが定番になってきた(現在日時を変更してのアップ)

季節が移り 夜明けが遅くなって来る頃には 人並みの早寝早起きになるだろう(か?・・・)

それまでは今しばらく・・・

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雨降って地固まる―言うぞ 言うぞと思ったら・・・

2016年06月23日 | 日記
大安の今日 地鎮祭が行われた

勝手知ったる工務店に全て任せて私は参加するだけということだったが それでも開始30分前に行ってみた

今日は雨模様で 激しくなるかもしれないという予報

この梅雨のことではあるし 雨降って地固まるということもあるし テントがあるから雨天決行だとも言われていたので それはあまり気にしなかった


すでに工務店の人たちも神主さんも来ていて 社長ともうひとりが出席ときいていたが 雨だったせいか他にも若い人が二人来ていて テントがはられたところだった

四方に青々とした※笹竹がくくられ 注連縄で囲い そこに紙垂をつけていく

祭壇セットが作られ お米 水 お酒 野菜 果物 魚(乾きもののするめ)御榊 などが供えられる

鍬入れに使う盛り砂を 工務店の社長が綺麗な山にしてくれる

どうやらこれが彼のお得意らしい


私は何をしたら良いのでしょうかと神主さんに尋ねると ひとつは鍬入れの儀です と
                      「エイ」
その時は3度鍬を入れ そのたびに「オー」と元気に声をあげること 黙ってやっても良いですとのことだった(めちゃめちゃ恥ずかしかったが 私はその通りに声をあげました^^)

もう一つは 玉串奉奠(たまぐしほうてん)といって 御榊を奉ること その時は二礼二拝一礼だと教えられた

神主さんの所作にはひとつひとつ名前があり あれの儀 これの儀と言うけれど こちらはそのたびに頭を下げるばかり

ただ降神の儀は何をしているのかがはっきりとわかった

「オオ~~~」と長く続ける発声は神様への挨拶であり降臨を促すものだと 知識が無くてもその「気」でわかる

その声には神聖なものがあり 神道なんてまるで縁の無い生活なのに 古代からの日本人の魂と精神性を強く感じた

宗教には息を出す声そのものが大事であり 言葉以前にそれがあっただろうことを思わせた

しめくくりに昇神の儀もあり 同じように声をあげる

それも 神様に感謝してお見送りしているのだとわかった


供え物も含め全て用意していただいた費用の支払をしたいと私が言うと レシートを何枚か出してきてその場で計算してくれたのだが その時 社長の買い物が一点入っていた

(しかも それらを入れた紙袋にそれ「新たまねぎドレッシング」は入ったままであり 若い人が供物を出している時に なんだ?これ 社長のじゃない? と言っていたものだった)

この工務店は雑誌やTV番組にも時々紹介されるようなところではあるものの 私はそれで決めたわけでは決して無く 社長の人柄で決めたのだが どうにも少しぼ~っとしたところがある

悪い意味では無いけれど 人が良いのか おおらかなのか ずぼらなのか 私にはまだ彼を把握しかねているところがある

笑顔で これは私の買い物だから引きますと言ってから あっ 消費税があるか などとブツブツ

私は熨斗袋も用意してもらっているので そのくらいいいですよとは言ったが 普通はレジで これだけ別に払いますって言うよねぇ

おそらく社長自らスーパーに出向いて買い物をしてくれたのだろうが たまたま目についたのか それとも好きな品物だったのか とにかくそれをふと買ってしまい しかも袋に入れっぱなしというところが私の感覚からは少しずれていて しかしそれが愛嬌にも思えるから不思議だ

解体の時の請求書を受け取る時にも あれも入っていますか?と聞いたら あっ!(忘れた)という感じで 会社の経営は大丈夫か?とこちらが心配になる


雨の方は 支度をする時と片付ける時には止み 儀式の最中にだけ何故か降るという なかなか都合の良いものだった

思った通り 最後に神主さんは 地鎮祭の雨と言うのは・・・と始まり 言うだろうな きっと言うだろうな と思っていた言葉を遂に言った

雨降って地固まるとありますように・・・・

笑いをこらえながら神妙な顔をして 私はありがたくお話を聞いた


※笹竹 何故笹竹を使うのか、神主さんに尋ねてみた。はっきりした答えではなかったが、まっすぐに伸びることや、この青々とした色が清浄と思われてきたのではないか、ということだった。調べたところ「忌竹・斎竹(いみだけ)」と呼ばれるもので、榊とともに清浄な植物とされているとのこと。

訂正一か所:笑ってくだされ・・・・^^(がはははは)← コメントを見て、そうだった!と気が付きました。(6/24)

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小雨の中 納付書を持って

2016年06月22日 | 日記
6月は色々な納付書が舞い込んでくる

とはいっても昨年までは固定資産税と都霊園使用料のものだけだったが 今年からはすでに退職後に見知っている住民税と国民健康保険料が増えた

前年度の給与収入から計算されるので当然のことだが 昨年は支払うべき残りの住民税も また新たに入った国民健康保険料もそれはそれは高かった

本年度分でも今の私にはまだ高いと感じるが 幾分は下がった

来年は土地売却の収入のために 私にとっては目の玉が飛び出すほどの金額になるはずなので その分も計算しておかなければならない

従って 今後の人生でこれらの支出がどれほどになるのかはっきりするのは 二年後ということになる

わずかな年金以外には収入の無い私(のはず)は その支払額に喜ぶべきか悲しむべきか 


こうなると高齢者を世の中のお荷物と思う人がいたり いつまで生きるつもりだと言う人が出るのもわからないでも無いが 年金は今までの支払いの対価だ 文句あっか! とも言いたい

そもそもそれを回収できるまで生きていられる保証書は持ち合わせていない

それに誰もが何が何でもやみくもに長生きしたいと思っているわけでもない

死にたいわけでも無いけれど お迎えが来るまでは生きているのがにんげんだ

だから辛くて だから喜びもある

東北の震災以来 危険だから会社にもう来るなと社長に言われて素直に従った会長は それ以前にもすでに人生退屈で早く死にたいよ などと言っていたくらいだから 更にそれが大きくなり 私は何度もそんな考えではだめと叱咤したけれど それでもその日が来るまではすることが無いと言いながらも生きた(当たり前か^^)

お迎えが来る前にあっちに行く あるいは強引に行かされるというのは 色々な意味で悲しいことなのだ


話をそらすが いつまで生きるつもりか発言は弁護をするわけでは無いが 金のある奴は残すことを考えるよりも使ってくれ と言いたかったのだろうと思う

ただ彼自身が銀のスプーンを口にくわえ 両手にも持って生まれたような境遇であり 彼のさまざまな能力からあの配慮の足らない発言になったのだろうと思っている

彼自身が子孫にお金を残さず きれいさっぱり使ってお手本を見せて欲しいと思う

それでなくとも すでに資産以外のもっと大きな遺産が代々受け継がれているわけだし


今日 100億で自分の会社を売却して引退した人の話をラジオで聞いた

初めは贅沢な暮らしをしていたがそう使い切れるわけでもなく 段々顔色も悪くなり 次第に空しくなり 最後には鬱状態にまでなったという

莫大な金額の宝くじに当選して 寄付や資産になるものの購入などではなく 単に消費としてしか使ってはいけないとしたら何をして使い切ることができるか といった話を誰もがしたことがあるのではないか

よほどはちゃめちゃな事でもしない限り 残りの人生で100億を使い切るのは・・・やがて飽きるだろう 

消費行動というのものが必ずしも人を幸せにするとは限らないということか

でも一度くらいそんな気分にもなってみてもいいかなぁ~

そんなことを考えながら小雨の中 各種納付書を持って 家賃も含めた支払いを済ませてきた

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

平和で静かな梅雨の一日

2016年06月21日 | 日記
このところ梅雨らしい日が続き 朝から湿度も高い

気のせいだろうか 鉄筋の家は湿度が高いような気がする

おまけにここは壁にしろ床にしろ自然素材はほとんど使っていないし 襖や障子の類も無い

四畳半ほどの部屋を段ボール箱置き場にしていて 引っ越し当初 この部屋のために除湿機を買おうかと思ったのだが 半年のことだし もっと言えば3か月のことだ

そこで 除湿剤で対処することにしたのだが ここ一週間ほどで急激にその水の量が増えた

これから先は頻繁に取り換えることになるだろうが それでも除湿機を買うよりは安上がりだろうと思う

まあ 効果のほどもそこそこではあるけれど

早く木の家に帰りたい
 

朝食を食べ 後片付けをすると 体温が上昇するのか余計に湿度を感じる 

お風呂上りにエアコンの除湿を入れ それほど洗濯物は無かったのだがせっかくだからと 洗濯をして乾かすことにする

そこそこ快適になったので 机に向かうのも楽しくなってくる

お昼は 朝のご飯の残りで炒飯を作る

片付けをして再び机に向かう

これも段々と習慣になりつつある

午後五時半過ぎ 今日のお勉強を終え 牛肉を焼き ジャガイモの千切りを炒めていっぱい始める

こちらの習慣はそろそろ縁を切ったほうが良いのだろうとは思っているし そのうち自然にそうなるのではないかと期待もしている(意思ではなく あくまで自然に)

やっと中盤にさしかかった梅雨のある日の 私の平和で静かな一日

我が家のガマちゃんはどこに新居を構え どんな梅雨の一日を送ったのだろうか

水域にはあまり依存しない彼だから 今日も蒸すなぁと言いながら どこぞの静かな庭先をのそりのそりと歩いているとよいのだけれど

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする