常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

パセリ

2013年01月03日 | 日記


今日は真冬日の予報だ。日中も気温は零度以下らしい。窓の外は雪景色、道路を走る車の音も心なし静かだ。雪景色になると、妙に緑が恋しい。ほんの2週間ばかり前に、畑で野菜を収穫していたのに、緑に接することから、ずいぶんと遠ざかっているような気がする。不思議だ。ベランダで育てていたパセリを室内に入れる。冷気にやられてぐったりとなっている。

黄色くなって駄目になった苗を取り除いて整形する。緑に触れてみて、植物がいとおしくなる。それは生命に対するいとおしみの気持ちかも知れない。朝のテレビで北海道在住の写真家、奥田さんのルポルタージュを見る。自然を撮り続けた写真家が、樹木の生命の営みを見つけて感動する。それ撮影し始めて、新しい分野を開拓する。今度はその目で、野菜の生命の神秘を映像にする様子が語られていた。野菜の生命を記録するのは、カメラ技術ではなく写真家の生命そのものであることがよくわかった。

大晦日から読み始めた「大往生したけけりゃ医療とかかわるな」を読了する。この本は人間の終末期に向き合ってきた著者が、命の本質を目を向け、安らかに永眠するための心の持ちようを語りかけてくる。若い人の病気も、余命いくばくもない老人の病気を同じに見る医療の現実に批判の目を向けている。野菜の写真家が、人参の一生を撮り、その生命の本質を見るめと共通するものを感じた。

著者中村仁一氏の「贈る言葉」を再録させていただく。

1、起きて半畳 寝て一畳 天下取っても2合半

1、天命に任せて人事を尽くせ

1、渋柿の 渋がそのまま 甘さかな

1、人生は「苦」(思い通りにならないもの)であると明らめよ



コメント
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