奈良県の明日香村の行事取材を終えて北上する。
距離はざっとみて35km。
信号待ちなどを考えても到着するまでの時間は1時間どころか2時間もかかるだろうと思っていた。
逸る気持ちを抑えて巡航速度で北上した京都府南部入り。
先に訪れて取材したのは木津川市の相楽(さがなか)神社で行われた御田(おんだ)行事。
長時間の行事と思っていたが、そうでもなかった。
残された時間は有効的に利用する行事の下見調査。
場所も行事もそうだが、初めて行く土地は慣れもない。
本日されているであろうと思う相楽郡笠置町切山の寒垢離(冨士垢離)である。
氏神さんを祀る八幡神社に着いた時間は午後4時前。
集落のあるお家に神社の所在地を教えてもらった際である。
婦人が云うには誰かが居るかもしれないと関係者に電話してくださった。
行事を終えて整理をしていた関係者。
そろそろ神社から下りようとしたときに婦人から電話がかかった。
取材の旨を伝えてもらった要件。
そうであれば、待っているからと伝えられた八幡神社を目指す。
婦人に云われた通りの道筋。
その先にあった。
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神社社務所で待ってくださっていたのは二人の男性だった。
一人は社寺総代代表のKさんで、もう一人は前総代だった。
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早速、話してくださる切山・八幡宮の年中行事。
この日は寒ごーり。
寒ごーりは漢字で書けば寒垢離。
「神仏を念ずるため、水を浴びて身体の穢れを取り去ること」と『八幡宮年中行事控』に書いてあった。
この行事を行う人は新旧2人の宮守さんに社寺総代の4人、宮守経験者が1人の7人構成で行われる。
7人は白装束を着用して白足袋履き姿。
初日を終えて明日は二日目の所作に白装束は鴨居に干していた。
宮守は社務所の床の間に金の御幣を置く。
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境内社の浅間神社(境内社)の掛軸2対を掛けて、洗米、塩、御神酒やお菓子を供える。
2幅の掛軸。
一つは大きな文字で「冨士浅間大神」とある。
その下に描かれた女神はおそらく木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)であろう。
左に掛けているお軸も同じく木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の美しいお姿である。
宮守は前以って次の道具を準備する。
床の間(2m×1本)、土山(1m×1本)、浅間の井戸(1m×1本)に掛ける注連縄に土山盛りの芝が一鍬。
長めの先つきの篠竹(しのちく若しくはしのたけ)は2本。
御幣用の篠竹(50cm×7本)である。
行事が始まる前に、予め供えておく浅間神社の洗米、塩、行灯、台、御幣。
これらが揃わってから寒垢離行事を始める。
寒垢離はこの日の15日と翌日の16日にも行われる。
いずれも午前、午後の時間帯にそれぞれ4こーり(垢離)をとるという。
『控』に「1こーりとは、三十三遍のこと」と注記がある。
切山の寒ごーり(寒垢離)は三場ある。
まずは、山地の谷にある浅間の井戸で唱える南無浅間大菩薩。
次は八幡神社境内社になる浅間神社に参って唱える浅間大日如来に南無浅間大菩薩。
そして、籠り堂においても唱える浅間大日如来に南無浅間大菩薩。
『控』に唱和略記がある。
はじめに浅間の井戸で唱える「一(ひぅ)、二(ふぅ)、三(みぃ)、四(よぉ)、五(いつ)、六(むぅ)、七(なな)、八(やぁ)」に続いて「南無浅間大菩薩」を繰り返し、三十三遍唱える。
1こーり毎に、宮守は手水を六人の人たちに手渡して身を清めてもらう。
二場は浅間神社。
「帰命頂礼(きみょうちょうらい) さんげさんげ 六根清浄(ろっこんしょうじょう) 大ムネ ハツダイ コンゴンド 富士は浅間大日如来」を5回唱える。
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引き続いて5回唱える「南無浅間大菩薩」。
三場は社務所内の籠り堂の床の間に向かって、浅間神社で唱えた「帰命頂礼(きみょうちょうらい) さんげさんげ 六根清浄(ろっこんしょうじょう) 大ムネ ハツダイ コンゴンド 富士は浅間(せんげん)大日如来」、「南無浅間(せんげん)大菩薩」を同じく5回ずつ唱える。
唱和を終えた次は宮守さんの祈願である。
切山中の氏子、家内安全、無事息災、五穀豊穣にしてくださるように願い事を奉ると唱えて11神に祈願する。
11神の天照皇大神宮、八幡大神宮、春日大神宮、御霊大神宮、高良(こうらい)大神宮、辨天大神宮、九頭(くづがみ)神社、津島神社、水神宮、山の神様、道楽神社に「切山区に鎮座まします神々様」に祈願する。
初日の15日は午前の時間内に前記した1こーりを2垢離する。
午後の時間帯も同じく2垢離であるが、翌日16日の二日目は午前に2垢離、午後に1垢離となる。
所作、唱和も同じであることから、「二日間とも見ても同じやから・・」という。
この寒垢離は小正月の1月15日、16日であるが、夏場にも行われる。
「冬場は寒うてかなわんが、夏場は日中の暑さに水垢離は具合が良いな」と笑って話してくれた。
ちなみに夏場の垢離は土用垢離である。
明日、16日もしていると云われたが、この日の取材で身体が悲鳴をあげている。
冬場であれば積雪で山には登ることもできない気象状況も考えられる。
そういう判断もあって夏場に取材させていただくことにさせていただいた。
ちなみに1月15日はトンドの日でもある。
寒垢離は富士浅間大菩薩を唱えることから富士垢離とも。
井戸がある土山の地に山から湧く谷水を一時的に堰き止めて水行する。
水行の場は、少し歩いたところにあると案内してくださる現旧二人の社寺総代。
水場に向かう道すがらに祀ってある神社が浅間神社。
この場で「帰命頂礼(きみょうちょうらい) さんげさんげ 六根清浄(ろっこんしょうじょう) 大ムネ ハツダイ コンゴンド 富士は浅間(せんげん)大日如来」、「南無浅間(せんげん)大菩薩」を同じく5回ずつ唱えていたと云う。
つい先ほどに終えた初日の寒垢離。
身体の芯から冷える雪が積もった日の所作は辛いものだが、氏子の家内安全に無病息災、五穀豊穣を願って唱えたという。
浅間神社横に自生する大木がある。
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注連縄を張った大木の幹回りに篠竹で作った御幣が7本。
寒垢離をする人たちの本数である。
この場に立てるのは初日の午前の部の1こーり目にしているという。
ここより奥にあるのが水行の場。
従来は谷川そのものの場で水行をしていたが、5年前くらいにコンクリート造りにしたという。
安定化させた場は水行しやすくなったようだ。
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流れる谷川の水は堰き止めている。
その蓋を動かせば勢いよく流れ出る。
底蓋を閉めれば溜めることもできる。
溜めた水場で、「ひぅ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ 南無浅間大菩薩」を繰り返して33コーリするというこの地は砂防指定地の「八幡宮谷川」である。
当地、切山は藤堂高虎藩領。
京都府八幡に鎮座する石清水八幡宮の末社になるという。
領内で採れたシバ(柴)を奉納していたそうだ。
切山の正月は1月1日の別名に「乱声」に名がある元日祭が年初めの行事。
朝の9時に登った本殿で、二百巻の般若心経を唱える。
唱えると云っても、「やーて やーて」を繰り返す唱和のようだ。
唱える数はどのようにされているのか、聞かずじまいだったが、なんでも百巻目と二百巻目に鈴を鳴らすそうだ。
その音を聞いた籠り堂に居る人たちは、ランジョー(乱声)を叫びながら柳の枝木で縁板を叩く所作をする。
お供えは牛玉の名があるお札に柳の木の枝。
お札に書く文字は「午王 八幡宮 宝印」。
朱印を押したごーさん札は柳の木に挟んで供えるそうだ。
8月28日は二百十日の願掛け。
正月朔日と同じように「やーて やーて」を繰り返す二百巻を唱和する般若心経である。
9月15日は願すまし。
二百十日の願掛けから数えること十数日。
祈願を終えたことで参る願掛け済ましも同じく、「やーて やーて」を繰り返す心経二百巻の唱和である。
かつては願掛けにおかげ踊りをしていたし、満願の願すましに花踊りをしていたという。
2月3日は、メザシ(鰯)の頭に「ちんちんがらがら」の別名がある枝豆の軸の先に棘のあるヒイラギを挿す。
豆を供えて神事もする。
昼過ぎに宮さんでしているという3日の行事はトシコシ(年越し)であるが、豆の交換もない神社行事。
ただ、子どもが居る家は「オニハ ソトー」をしているようだと話す。
4月3日は、節句。
ヨモギで作ったヒシモチと桃色のヒシモチを供えるそうだ。
ヒシモチを作る人は担当があるらしい。
ヒシモチは緑のヨモギと桃色の2段かと思えば、そうではなく三段。
二段のヒシモチの上に白い丸餅を載せるようだ。
ヒシモチ御供は本社の八幡神社だけでなく、本殿両脇に建つ末社の御神社に高良神社。
もう一社は浅間神社にも供えるようだ。
他にも10月1日の当家のマツリもあれば10月16日の氏神祭礼があるが、詳しいことは再訪問した際にお聞きしたい。
突然の訪問であるにも関わらず親切丁寧に教えてくださった二人の現旧寺社総代にお礼を述べて帰路に就いた。
なお、富士市立博物館学芸員の志村博氏が調査された切山の「冨士垢離」を紹介されているので参照願いたい。
(H29. 1.15 EOS40D撮影)
距離はざっとみて35km。
信号待ちなどを考えても到着するまでの時間は1時間どころか2時間もかかるだろうと思っていた。
逸る気持ちを抑えて巡航速度で北上した京都府南部入り。
先に訪れて取材したのは木津川市の相楽(さがなか)神社で行われた御田(おんだ)行事。
長時間の行事と思っていたが、そうでもなかった。
残された時間は有効的に利用する行事の下見調査。
場所も行事もそうだが、初めて行く土地は慣れもない。
本日されているであろうと思う相楽郡笠置町切山の寒垢離(冨士垢離)である。
氏神さんを祀る八幡神社に着いた時間は午後4時前。
集落のあるお家に神社の所在地を教えてもらった際である。
婦人が云うには誰かが居るかもしれないと関係者に電話してくださった。
行事を終えて整理をしていた関係者。
そろそろ神社から下りようとしたときに婦人から電話がかかった。
取材の旨を伝えてもらった要件。
そうであれば、待っているからと伝えられた八幡神社を目指す。
婦人に云われた通りの道筋。
その先にあった。
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神社社務所で待ってくださっていたのは二人の男性だった。
一人は社寺総代代表のKさんで、もう一人は前総代だった。
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早速、話してくださる切山・八幡宮の年中行事。
この日は寒ごーり。
寒ごーりは漢字で書けば寒垢離。
「神仏を念ずるため、水を浴びて身体の穢れを取り去ること」と『八幡宮年中行事控』に書いてあった。
この行事を行う人は新旧2人の宮守さんに社寺総代の4人、宮守経験者が1人の7人構成で行われる。
7人は白装束を着用して白足袋履き姿。
初日を終えて明日は二日目の所作に白装束は鴨居に干していた。
宮守は社務所の床の間に金の御幣を置く。
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境内社の浅間神社(境内社)の掛軸2対を掛けて、洗米、塩、御神酒やお菓子を供える。
2幅の掛軸。
一つは大きな文字で「冨士浅間大神」とある。
その下に描かれた女神はおそらく木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)であろう。
左に掛けているお軸も同じく木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の美しいお姿である。
宮守は前以って次の道具を準備する。
床の間(2m×1本)、土山(1m×1本)、浅間の井戸(1m×1本)に掛ける注連縄に土山盛りの芝が一鍬。
長めの先つきの篠竹(しのちく若しくはしのたけ)は2本。
御幣用の篠竹(50cm×7本)である。
行事が始まる前に、予め供えておく浅間神社の洗米、塩、行灯、台、御幣。
これらが揃わってから寒垢離行事を始める。
寒垢離はこの日の15日と翌日の16日にも行われる。
いずれも午前、午後の時間帯にそれぞれ4こーり(垢離)をとるという。
『控』に「1こーりとは、三十三遍のこと」と注記がある。
切山の寒ごーり(寒垢離)は三場ある。
まずは、山地の谷にある浅間の井戸で唱える南無浅間大菩薩。
次は八幡神社境内社になる浅間神社に参って唱える浅間大日如来に南無浅間大菩薩。
そして、籠り堂においても唱える浅間大日如来に南無浅間大菩薩。
『控』に唱和略記がある。
はじめに浅間の井戸で唱える「一(ひぅ)、二(ふぅ)、三(みぃ)、四(よぉ)、五(いつ)、六(むぅ)、七(なな)、八(やぁ)」に続いて「南無浅間大菩薩」を繰り返し、三十三遍唱える。
1こーり毎に、宮守は手水を六人の人たちに手渡して身を清めてもらう。
二場は浅間神社。
「帰命頂礼(きみょうちょうらい) さんげさんげ 六根清浄(ろっこんしょうじょう) 大ムネ ハツダイ コンゴンド 富士は浅間大日如来」を5回唱える。
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引き続いて5回唱える「南無浅間大菩薩」。
三場は社務所内の籠り堂の床の間に向かって、浅間神社で唱えた「帰命頂礼(きみょうちょうらい) さんげさんげ 六根清浄(ろっこんしょうじょう) 大ムネ ハツダイ コンゴンド 富士は浅間(せんげん)大日如来」、「南無浅間(せんげん)大菩薩」を同じく5回ずつ唱える。
唱和を終えた次は宮守さんの祈願である。
切山中の氏子、家内安全、無事息災、五穀豊穣にしてくださるように願い事を奉ると唱えて11神に祈願する。
11神の天照皇大神宮、八幡大神宮、春日大神宮、御霊大神宮、高良(こうらい)大神宮、辨天大神宮、九頭(くづがみ)神社、津島神社、水神宮、山の神様、道楽神社に「切山区に鎮座まします神々様」に祈願する。
初日の15日は午前の時間内に前記した1こーりを2垢離する。
午後の時間帯も同じく2垢離であるが、翌日16日の二日目は午前に2垢離、午後に1垢離となる。
所作、唱和も同じであることから、「二日間とも見ても同じやから・・」という。
この寒垢離は小正月の1月15日、16日であるが、夏場にも行われる。
「冬場は寒うてかなわんが、夏場は日中の暑さに水垢離は具合が良いな」と笑って話してくれた。
ちなみに夏場の垢離は土用垢離である。
明日、16日もしていると云われたが、この日の取材で身体が悲鳴をあげている。
冬場であれば積雪で山には登ることもできない気象状況も考えられる。
そういう判断もあって夏場に取材させていただくことにさせていただいた。
ちなみに1月15日はトンドの日でもある。
寒垢離は富士浅間大菩薩を唱えることから富士垢離とも。
井戸がある土山の地に山から湧く谷水を一時的に堰き止めて水行する。
水行の場は、少し歩いたところにあると案内してくださる現旧二人の社寺総代。
水場に向かう道すがらに祀ってある神社が浅間神社。
この場で「帰命頂礼(きみょうちょうらい) さんげさんげ 六根清浄(ろっこんしょうじょう) 大ムネ ハツダイ コンゴンド 富士は浅間(せんげん)大日如来」、「南無浅間(せんげん)大菩薩」を同じく5回ずつ唱えていたと云う。
つい先ほどに終えた初日の寒垢離。
身体の芯から冷える雪が積もった日の所作は辛いものだが、氏子の家内安全に無病息災、五穀豊穣を願って唱えたという。
浅間神社横に自生する大木がある。
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注連縄を張った大木の幹回りに篠竹で作った御幣が7本。
寒垢離をする人たちの本数である。
この場に立てるのは初日の午前の部の1こーり目にしているという。
ここより奥にあるのが水行の場。
従来は谷川そのものの場で水行をしていたが、5年前くらいにコンクリート造りにしたという。
安定化させた場は水行しやすくなったようだ。

流れる谷川の水は堰き止めている。
その蓋を動かせば勢いよく流れ出る。
底蓋を閉めれば溜めることもできる。
溜めた水場で、「ひぅ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、なな、やぁ 南無浅間大菩薩」を繰り返して33コーリするというこの地は砂防指定地の「八幡宮谷川」である。
当地、切山は藤堂高虎藩領。
京都府八幡に鎮座する石清水八幡宮の末社になるという。
領内で採れたシバ(柴)を奉納していたそうだ。
切山の正月は1月1日の別名に「乱声」に名がある元日祭が年初めの行事。
朝の9時に登った本殿で、二百巻の般若心経を唱える。
唱えると云っても、「やーて やーて」を繰り返す唱和のようだ。
唱える数はどのようにされているのか、聞かずじまいだったが、なんでも百巻目と二百巻目に鈴を鳴らすそうだ。
その音を聞いた籠り堂に居る人たちは、ランジョー(乱声)を叫びながら柳の枝木で縁板を叩く所作をする。
お供えは牛玉の名があるお札に柳の木の枝。
お札に書く文字は「午王 八幡宮 宝印」。
朱印を押したごーさん札は柳の木に挟んで供えるそうだ。
8月28日は二百十日の願掛け。
正月朔日と同じように「やーて やーて」を繰り返す二百巻を唱和する般若心経である。
9月15日は願すまし。
二百十日の願掛けから数えること十数日。
祈願を終えたことで参る願掛け済ましも同じく、「やーて やーて」を繰り返す心経二百巻の唱和である。
かつては願掛けにおかげ踊りをしていたし、満願の願すましに花踊りをしていたという。
2月3日は、メザシ(鰯)の頭に「ちんちんがらがら」の別名がある枝豆の軸の先に棘のあるヒイラギを挿す。
豆を供えて神事もする。
昼過ぎに宮さんでしているという3日の行事はトシコシ(年越し)であるが、豆の交換もない神社行事。
ただ、子どもが居る家は「オニハ ソトー」をしているようだと話す。
4月3日は、節句。
ヨモギで作ったヒシモチと桃色のヒシモチを供えるそうだ。
ヒシモチを作る人は担当があるらしい。
ヒシモチは緑のヨモギと桃色の2段かと思えば、そうではなく三段。
二段のヒシモチの上に白い丸餅を載せるようだ。
ヒシモチ御供は本社の八幡神社だけでなく、本殿両脇に建つ末社の御神社に高良神社。
もう一社は浅間神社にも供えるようだ。
他にも10月1日の当家のマツリもあれば10月16日の氏神祭礼があるが、詳しいことは再訪問した際にお聞きしたい。
突然の訪問であるにも関わらず親切丁寧に教えてくださった二人の現旧寺社総代にお礼を述べて帰路に就いた。
なお、富士市立博物館学芸員の志村博氏が調査された切山の「冨士垢離」を紹介されているので参照願いたい。
(H29. 1.15 EOS40D撮影)