
「後姿のエレジー」というタイトルで、過去に何回か日記を書いている。
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/007144967c271438b8cc07e5de7aa1d5
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/767e9dd85a86dbde23352d62bf57c603
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/0269b15cc9f0556b5af97359fbe8e317
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/38f6870670b2ece977ee4851040f3304
本日はこれらの続編ということで、またまた「後姿」にこだわってみた。
エレジーといっても、哀愁感たっぷりというわけではない。
人は自分の後姿を見ることができない。
まあ、せいぜい玄関先で姿見をチラ見するくらいはできる。
眼は後ろにはついてないから、街歩きしながら、よく振り返って、すぎてきた背後の街を眺めることはある。
森山大道さんは、気になるストリートがあったら、必ず往復しろといっている。
北へ向かって歩いているのか、南へ向かっているのか・・・で風景の見え方が違う。
見落としたものが見えてくる。
それと似たようなことが、後姿を観察することでパッと見えてくることがある。
・・・というわけで、ときおり、意識して人びとの後姿を撮るo(゜∀゜)o
さてtopは今日の信号待ちでとらえた3人と1人の後姿。
3人と1人とは、手前右側の女性だけが日本人で、道路の向こうで、仲間が渡ってくるのを待っている女性をふくめ、手前左の女性は、外国人だから。
このあと、この信号をわたしは左折した。そのとき、ベトナムだか、インドネシアだかからやってきた3人が合流し、挨拶しているのを目撃*(^-^*)
エレジーといっても、そこはかとない哀愁なのである。

こちらは高崎カメラ散歩のとき見かけたお二人と一人。ベビーカーに赤ちゃんがいる。
「人間って、こういうものなんですね♪」
あえていえば、こういうことばになる。
なにが“こういうもの”なのかと質問されると、ご返事に困る。
後姿が表現するものの向こうに、その人の生活・・・少なくともその一端がのぞいている。
それは“すきま”のようなものだろう。ある種の情感がしたたっているとわたしには見えるけれど、さてどんなものだろうか?


わかる人にはわかる、わからない人にはわからない(*・ ・*)
そういうかなりあいまいな感触のようなもの。
「わたしはそれを感じるよ」とでもいうしかないのだろうな、やっぱり♪
http://blog.goo.ne.jp/nikonhp/e/007144967c271438b8cc07e5de7aa1d5
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本日はこれらの続編ということで、またまた「後姿」にこだわってみた。
エレジーといっても、哀愁感たっぷりというわけではない。
人は自分の後姿を見ることができない。
まあ、せいぜい玄関先で姿見をチラ見するくらいはできる。
眼は後ろにはついてないから、街歩きしながら、よく振り返って、すぎてきた背後の街を眺めることはある。
森山大道さんは、気になるストリートがあったら、必ず往復しろといっている。
北へ向かって歩いているのか、南へ向かっているのか・・・で風景の見え方が違う。
見落としたものが見えてくる。
それと似たようなことが、後姿を観察することでパッと見えてくることがある。
・・・というわけで、ときおり、意識して人びとの後姿を撮るo(゜∀゜)o
さてtopは今日の信号待ちでとらえた3人と1人の後姿。
3人と1人とは、手前右側の女性だけが日本人で、道路の向こうで、仲間が渡ってくるのを待っている女性をふくめ、手前左の女性は、外国人だから。
このあと、この信号をわたしは左折した。そのとき、ベトナムだか、インドネシアだかからやってきた3人が合流し、挨拶しているのを目撃*(^-^*)
エレジーといっても、そこはかとない哀愁なのである。

こちらは高崎カメラ散歩のとき見かけたお二人と一人。ベビーカーに赤ちゃんがいる。
「人間って、こういうものなんですね♪」
あえていえば、こういうことばになる。
なにが“こういうもの”なのかと質問されると、ご返事に困る。
後姿が表現するものの向こうに、その人の生活・・・少なくともその一端がのぞいている。
それは“すきま”のようなものだろう。ある種の情感がしたたっているとわたしには見えるけれど、さてどんなものだろうか?


わかる人にはわかる、わからない人にはわからない(*・ ・*)
そういうかなりあいまいな感触のようなもの。
「わたしはそれを感じるよ」とでもいうしかないのだろうな、やっぱり♪