ラン! プラン フラン ラン! プラン フランとスキップしながら
きみは走っていった。
三つ編みにした髪が肩で楽しそうに躍った。
ラン! プラン フラン ラン! プラン フラン
ラン! プラン フラン ラン! プラン フランと。
やつしろ草が生い茂る礫(こいし)ばかりの山道。
えにしだの香が山峡(やまあい)の空気をとても清浄にしている。
赤い靴 赤いベストと白いブラウス 白いスカートが
ぼくのまぶたの裏でいまも躍っている。
楽しさは永遠につづくと おもったわけではないけれど。
山羊のルノードばあさんはオオカミにくわれてしまったけれど。
きみもぼくも 永遠のいのちをさずかったと
初夏の木々がぼくたちを祝福しているみたいで。
駈けぬけよう オオカミが追いつくまえに。
ホトケノザの赤い花穂がふかふかカーペットのようにゆれる。
モーツァルトのディヴァルティメントが聞こえてくる。
ぼくはベッドの中でいまそれを それらをおもい起こす。
あんなに輝かしい時間があったのだ。
輝かしい時間のトンネルをぬけてきたのだ。
ラン! プラン フラン ラン! プラン フランと。
あれから あのスキップから何十年もたってしまっているってのに
ぼくはつい昨日のように覚えてる。
あのアラビアふうの城壁やページが一枚たりなかった随想録。
風車小屋に二十年も棲んでいたふくろうじいさんとも仲良しだったしね。
ミストラルが吹き荒れると風見鶏がにぎやかに騒ぎはじめたものだった。
あれは息子を失った母親がいまでも泣いている声だと
幼かったぼくにだれかがそっと教えてくれた。
モーツァルトのホルンが広々とした祖父の日に灼けた背中を思い出させる。
おやすみ おやすみ。
ぼくはベッドの中でなら
いつだってあれらのものに逢える。
あれらはぼくのものだから ぼくの頭の中にやどっていて
寒風吹きすさぶ夜中だって明滅することをやめないから。
ラン! プラン フラン ラン! プラン フランと。
きみは走っていった。
三つ編みにした髪が肩で楽しそうに躍った。
※この作品は一部、ドーデー「風車小屋だより」(岩波文庫)に拠っています。