二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

一本の傘 ほか短詩3編(ポエムNO.3-69)

2020年06月01日 | 俳句・短歌・詩集
1 一本の傘

あああ と大あくびする猫になったつもりで
空をあおぎ深呼吸する。
さっきまでこだわっていた思考が蒸発すると
日常はガラス片のようにギザギザしたものになる。

軍手をはめて
用心深くそれを取り除く。
「あれれ こんなところにおれがいた」
と ほとんど無意識につぶやく。

ほこりだらけの一本の傘を見つけて。


2 声にならない叫び

ピアノの鍵盤のうえを
老女の指が走っていく。
目にもとまらぬ 驚くべきスピードで。

彼女は彼女の半生を演奏する。
とてもことばにはならないから。
六十数年の歳月が
輝かしいパッセージとなって駆け抜けていく光景。

ぼくはそれを目撃したのだ。
声にはならない叫びとともに。


3 散歩日和

小一時間激しく雷雨があって
いまはもう降り止んでいる。
塀に沿ってあちこちにできた水たまり。
ヒヨドリがやってきてその雨水を飲む。

おや ブラームスが散歩から帰ってきたぞ。
階段をのぼっていく足音が 
カタンカタンときこえ すぐ静かになる。
明日はぼくも ブラームス先生と散歩に出かけよう。

黒い四分音符や十六分音符や
♯と♭をたくさんポケットにつめこんで。
明日はきっと ステキな散歩日和になるだろう。


4 大詩人田村隆一おじさん

ウィスキーの水割りを飲んでいると
田村隆一おじさんがどこからともなく現われた。
「近ごろ詩を書いているんだって?
よし おれが読んで品定めしてやろう」

急カーブにさしかかったのだろう
時間がスピードダウンし
書きためた詩が
田村さんが手にした秤の 
あっちとこっちで
ぐらぐらとゆれているのを茫然と眺めていると

「うん いいんじゃないかね」
それだけをいうと たちまち
大いびきがきこえてきた。
そういえばストレートだったな
真冬でも氷のかけらを二つ三つ浮かべて。

めっぽう酒に強かった田村さん。
「人生はきみ 愉しむためのものだよ
ほかにたいした用なんてありゃしなかった」
呂律がまわらないような口許をもごもごさせ
大詩人は 目覚めたとたん豪快に笑った。

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