氷でできた巨大なタンカーが
ぼくの胸のドックでゆっくりと溶けてゆく。
ぽっかりと空いた穴の底に
色がひとつたりない虹のかけらや
濡れて文字のにじんだ手紙や
三日月型の恋人のイヤリングが落ちている。
火の鳥はやってはこない。
小麦畑のような広々とした母の胸で
一頭の子鹿のように すやすやと幼児が眠っている。
図書館にあった名画のかたわら。
黒いイノシシがブルッと身震いし
音楽ノートの音符のあいだに隠れる。
ガードマンが十人ならんで西の空を見あげているけれど。
火の鳥はやってこない。
ヒップのやたらでかいおばさんが
だれもいないたそがれの街角に立って
こわれた橋桁のように笑っている。
鐘がひとつ鳴ったら ぼくはその廃墟の街の向こうへ降りてゆこう。
ピンクの柔毛のようなネムノキが咲いて
今夜も ここで暮らす人びとの眠りをいろどるだろう。
火の鳥はやってこない。
ぼくはぼく自身のかたわらに横たわる。
そしてその胸の空洞をのぞき込む。
天候はいつだって荒れている。
計器はさびついて動かないし
涙は鎧戸みたいに涸れている。
鐘がひとつ鳴ったら ぼくはその廃墟の胸の奥へ降りていこう。
火の鳥はやってこない。
火の鳥はやってこないのだから。