のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

忍路について

2009-09-10 | 小説 忍路(おしょろ)
 夜の北大は、広大な敷地のほんの一部をまるで虫眼鏡で見るようにして体験したのでしたが、北大のキャンバスが無防備であっただけに結局私の愚かしさをさらけ出すような結果に終わったのでした。  しかしそれも良しとしましょう。  良しとすれば、後に続く居酒屋や里依子の会話が私を祝福してくれるのだと思うのです。  次回、忍路(その8)は里依子と二人で道立近代美術館を巡ります。 引き続きお楽しみください。 . . . 本文を読む
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北大 19

2009-09-09 | 小説 忍路(おしょろ)
私たちは明日、十時半に札幌駅で待ち合わせ、美術館に行き時間があれば映画でもと約束した。  あまり動きまわって疲れてもいけないから、そんな風に決めましょうと言うと、年寄りみたいに言わないでくださいと、笑いながら里依子は私をたしなめ、それからじゃあそうしましょうと応えた。  二人の会話には陰りのないしなやかさと明朗さがあって、私の心は幸福に満ちていた。  おやすみを言って電話を切った後も、私は里 . . . 本文を読む
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北大 18

2009-09-08 | 小説 忍路(おしょろ)
 朝、里依子は私と別れてから、伊藤整の『若い詩人の肖像』を買って読んでいるんですと話した。  列車の中で夢中になって読んで、もう彼が教師になる所まで読みましたと言ったとき、私は激しい喜びを感じた。それは純粋な喜びの伴う驚きだと言ってもいいだろう。私は知らぬ間にベットから起き上がって、受話器にしがみついていた。  今日歩いて見たすべての風景を里依子に伝えたい衝動に駆られ、私は小樽や蘭島、そして忍路 . . . 本文を読む
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北大 17

2009-09-07 | 小説 忍路(おしょろ)
ホテルに帰ると10時を過ぎていた。幾分迷いながら里依子の寮に電話を入れた。もしも帰っていなかったらどうしよう、今だ心に決めかねていたために、私は祈るような気持で受話器から響く呼び出し音を聞いていた。  里依子はいた。電話に出た女性の声に彼女の名を告げると、その女性は大きな声で里依子の名を呼んだ。そして里依子の声が受話器から聞こえてきた。  彼女は寮に8時頃に帰ってきたということだった。   . . . 本文を読む
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北大 16

2009-09-06 | 小説 忍路(おしょろ)
ひとしきり小樽の話が続き、男は今夜すぐ隣の『えびすや』に泊まっているのだと言った。  もしや、札幌駅の案内で親切な係員にここを教えられたのではと訊くと、男は驚いたようにそうだと言って頷いた。  実は私もなんですと言えば大げさにのけどって笑った。私達はその係員の特徴を語り合い、どうやら同じ人だということで頷きあった。  すると板前がカウンター越しに声をかけてきた。 「みなさん『えびすや』に泊ま . . . 本文を読む
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北大 15

2009-09-05 | 小説 忍路(おしょろ)
里依子の口から小樽という言葉を聞いた瞬間、私の中でそれは伊藤整と激しくつながった。私は里依子にその話をした。そして明日、彼女と一緒に小樽まで行きたいと申し出た。里依子が親戚の家に行っている間私は伊藤整の小説の舞台を訪ねてみたいと思ったのだ。  それはいわば、かかわりない二つの偶然が私の小樽散策を必然たらしめたのであった。これは人のつながりのありふれた形なのだろうか。  思えば昨年の夏、私が初 . . . 本文を読む
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北大 14

2009-09-04 | 小説 忍路(おしょろ)
偶然と言えば、つい2か月ほど前、大学の友人と酒を飲んで酔い潰れ、彼の寮に泊まった時に与えられたのが伊藤整の「若い詩人の肖像」であった。  そして数日前、しばらく里依子からの手紙がないことに不安を抱き、どうしても彼女に会いたくなって千歳までの航空券を買ったのだ。里依子に黙っていて、一瞬でも彼女に会う機会があればそれでいいと思っていた。そのことを千歳の居酒屋で打ち明けると、悪趣味だと里依子は笑っ . . . 本文を読む
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北大 13

2009-09-03 | 小説 忍路(おしょろ)
 店には先客が一人あって、ひそりと背中を丸め手酌をしながら思いに耽っているように見え、中年の苦さが感じられた。  その男から二席ほどおいて横に座った私は、肴を待ち切れずに出された酒を飲んだ。酒は冷えた体にしみわたるように広がっていき、一日の出来事が自然に思いこされるのだった。  十時ごろには里依子に電話をしなければならない。帰っているだろうか。もしいなかったら伝言を頼まなければならない。その時は . . . 本文を読む
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北大 12

2009-09-02 | 小説 忍路(おしょろ)
やっとのことで道にたどり着いた。私はその硬い土の上がなんだかまだ揺れているように感じられた。歩めば応えてくれる黒い土が何より有り難いと思うのだった。  そしていま自分がやってきた雪原を振り返ってみた。整然と静まり返った雪肌の上に一条の乱れた体の跡が続いているのを見たとき、私は満足に似た気持ちと照れくさいような気持の混ざり合った、奇妙な感情を覚えた。  キャンバスにひいた一条の線のように、 . . . 本文を読む
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北大 11

2009-09-01 | 小説 忍路(おしょろ)
 こうした失敗を繰り返すうちに、どうやらこの辺りの道はこの農場から先には行けないのかも知れないと思い始めた。ポプラ並木からやって来て、かまぼこ屋根をした小さな建物が並ぶこの農場をめぐる道は袋小路になっているのだ。主屋のある通りに行くためにはどうやら引き返すしかないらしい。  はるか向こうに主屋がその裏側を見せていた。そしてそこに続く地平はここから一面の降り積もった雪の原であった。  雪原を見渡し . . . 本文を読む
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