旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

旧トーマス住宅

2015年07月16日 | 旅 歴史
 旧トーマス住宅は明治37年(1904)、ドイツの貿易商人ゴットフリート・トーマスが邸宅として建てた建物です。屋根の上に風見鶏があることから風見鶏の館と呼ばれています。設計はドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデが手掛けています。
 煉瓦造りで地上2階、地下1階建て、塔屋付、スレート葺きです。1階に玄関ホール、応接間、居間、食堂、書斎があり、2階は夫妻の寝室、子供部屋、客用寝室、朝食の間などがあります。室内の意匠は部屋ごとに違っています。
 レンガの外壁と尖塔の風見鶏は、北野異人館のシンボルとなっています。昭和58年(1983)12月より昭和60年(1985)3月にかけて本格的な保存修理を行い、限りなく元の姿に復原しています。昭和53年(1978)に国指定重要文化財に指定されています。

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北野町周辺

2015年07月15日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市中央区に北野町があります。
 北野町周辺は異人館が保存される観光地です。安政4年(1858)徳川幕府はアメリカ駐日総領事ハリスと日米修好通商条約を締結しました。貿易の自由を認めた最初の条約で、下田・箱館のほか神奈川・長崎・新潟・兵庫の開港、外国人居留地の設定などを定めました。
 北野町周辺にも外国人が住まいを建てる事が許され日本人との雑居した地区となり、多くの人達が住むようになりました。女性向け雑誌が神戸異人館の特集を組んで人気が出て、昭和52年(1977)に放送されたNHKの連続テレビ小説「風見鶏の館」でさらに人気に拍車がかかりました。
 神戸市は約32haを都市景観形成地域に指定し、このうち「北野町山本通」の9.3haが文化財保護法による重要伝統的建造物群保存地区に指定されました。
 異人館などの洋風建築が34棟も建てられています。風見鶏の館として有名な旧トーマス住宅、萌黄の館の旧シャープ住宅は国の重要文化財に指定され、うろこの家,、旧ドレウェル邸(ラインの館)は国登録有形文化財です。

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大国寺本堂

2015年07月14日 | 旅 歴史
 兵庫県篠山市味間奥に大国寺があります。
 大国寺の本堂は室町時代中期に建てられたと思われる建物です。間口5間、奥行4間、入母屋造り、銅板葺きの建物です。唐様と和様の折衷様式で、昭和36年(1961)に国の重要文化財に指定されています。

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大国寺

2015年07月13日 | 旅 歴史
 兵庫県篠山市味間奥に大国寺があります。
 大国寺は天台宗の古刹で、大化年間(645-650)に創建されたといわれています。天竺から紫雲に乗って日本に来たという法道仙人(空鉢仙人)が国家安泰を祈願し、自ら作った薬師如来を安置し、開創したといわれています。
 天暦の頃(947-956)に、兵火で焼失しましたが、正和年間(1312-1317)に、花園天皇の帰依により再興され、安泰山大国寺の寺号を賜りました。豊臣秀吉、歴代領主や篠山藩主から庇護され寺運が隆盛しました。
 大国寺の本堂は室町時代初期の建立で、国の重要文化財に指定されています。昭和42年(1967)に兵庫県観光百選に指定され、新丹波七福神大黒天霊場として多くの参拝客が訪れています。
 本尊の木造大日如来坐像、木造阿弥陀如来坐像、木造薬師如来坐像、木造持国天立像、木造増長天立像などは平安時代に造られたもので、皆、国の重要文化財に指定されています。数多くの寺宝を所有していることから「丹波の正倉院」とも呼ばれているそうです。


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須磨寺千手観音菩薩像

2015年07月12日 | Weblog
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺の弘法岩五鈷水の右手奥には千手観音菩薩像が祀られています。千手観音の手の数は、合掌する2本を除いて40本あります。1本の手が25世界を救うものであるので、40掛ける25で1000本になるということです。

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敦盛首洗池

2015年07月11日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺本堂横の大師堂の前に敦盛首洗池と呼ばれる池があります。これは源平一の谷合戦で討たれた平敦盛の首級を洗った池と伝えられています。
 「公達の血のりを秘めて七百年
     水静かなり須磨寺の池」 という
 白崎弘晧の石碑が建てられています。

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源義経腰掛松

2015年07月10日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺には源義経腰掛松と呼ばれる切り株があります。。一の谷の合戦で勝利した源義経がこの松に腰をかけ、平敦盛の首実検をしたといわれています。首実検の松という異名もあるそうです。

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須磨寺敦盛塚

2015年07月09日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺には敦盛塚と呼ばれる首塚の五輪塔があります。寿栄3年(1184)の一の谷の戦いで、熊谷直実に首を討たれた平敦盛の菩堤を弔うために建立されたものです。須磨浦公園にある「敦盛塚」には胴体の方が祀られているそうです。

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源平の庭

2015年07月08日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺に源平の庭があります。一の谷の合戦で源氏の熊谷次郎直実と平家の平敦盛が対峙しています。17歳の敦盛は祖父平忠盛が鳥羽院より賜った青葉ノ笛を持つ笛の名手でした。直実は敦盛の首をはねますが、これがトラウマとなり出家し、法然上人の門徒となりました。蓮生と名乗り、誕生寺をはじめ全国に多くの寺を作りました。

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須磨寺正覚院

2015年07月07日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺の正覚院(しょうかくいん)は塔頭3院の一つで愛染明王を本尊としています。大正14年(1925)失火により焼失し、昭和13年(1938)に再建されています。正覚院の真向いには良寛の句碑があります。 
  「すまてらの むかしを問へば 山桜」
「よしやねむ すまのうらわの なみまくら」

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須磨寺桜寿院

2015年07月06日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺の桜寿院(おうじゅいん)は塔頭3院の一つで阿弥陀如来を本尊としています、平成7年(1995)の阪神大震災で倒壊しましたが、平成13年(2001)に再建されています。本堂横には正岡子規の「暁や白帆過ぎ行く蚊帳の外」という句碑があります。

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須磨寺三重塔

2015年07月04日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺の三重塔は昭和59年(1984)に再建された塔です。以前建立していた塔は文禄5年(1596)の大地震で倒壊していました。室町時代様式を基に、内部には大日如来を祀っています。内陣の天井と壁面に多数の摶仏を配し、四方扉の内面に八祖像と六ヶ国語による般若心経を刻銘しています。水煙には釈迦誕生像を入れてあります。

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須磨寺大師堂

2015年07月03日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺の大師堂には宗祖弘法大師が祀られています。毎月20日、21日に「須磨のお大師さん」として縁日があり、大勢の信者が訪れます。「こんなよい月をひとりで見て寝る」という本堂前の句碑は俳人尾崎放哉のものです。堂守りとしてここに住み込んでいた時に詠んだそうです。

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須磨寺本堂

2015年07月02日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺の本堂は慶長7年(1602)に片桐且元が建築奉行になり、豊臣秀頼が再建した建物です。内陣にある宮殿は応安元年(1368)に造られたものです。正面軒唐破風付、板葺きの3間宮殿で、三重の仏壇とともの国の重要文化財に指定されています。

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須磨寺

2015年07月01日 | 旅 歴史
 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町に須磨寺があります。
 須磨寺は真言宗須磨寺派の本山で、宗教法人的には上野山福祥寺(じょうやさんふくしょうじ)というのが正しいそうです。伝えによると平安時代初期の天長年間(824-834)に、漁師が須磨浦の東にある和田岬の海底から聖観世音菩薩像を引き上げたそうです。
 この像は会下山(えげやま)の北峰寺に安置されました。そのうちに霊験あらたかなことが評判になり、光孝天皇が聞鏡(もんきょう)上人に勅命を出し、菩薩像を現在の地に移し、仁和2年(886)に上野山福祥寺を建立させました。
 衰退した時期がありましたが、源三位頼政により再建されました。文禄5年(1596)に大地震により諸堂宇が倒壊しましたが、慶長7年(1602)に豊臣秀頼、片桐元且の尽力で再興されました。慶長期には、現本堂が完成し、15の塔頭を持つ大寺院になり繁栄したそうです。
 明治維新後は一時衰退しましたが、源平合戦ゆかりの寺、弘法大師信仰の中心として発展し、神戸市内で最も多くの参詣客、観光客を集めています。8万平方mの広大な境内には本堂、護摩堂、大師堂、書院、宝物館、仁王門、三重塔、奥の院などの諸堂が建ち並んでいます。

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