私が小学生のころ、自転車がブームだった。
まだスクーターが一般的に出回ってなくて自転車のCMがテレビでバンバン流れていた。
自転車メーカーも沢山有って毎年新型が発売された。
雑誌も沢山あった。
自転車に『流れるウインカー』がついているのが流行っていた。
自分もまだ幼稚だったのでちょっと欲しかった。
10才ほどはなれた親戚の兄ちゃんがドロップハンドルのサイクリング車で四国を旅して、その帰りに友達と一緒にうちに泊まっていった。
自転車が欲しいと話したらドロップハンドルの自転車を組んでやろうと言ってくれた。
でも自分はまだ『流れるウインカー』がついているミーハーな自転車が欲しくて返事に困ったのを覚えている。
当時、自転車で日本一周する漫画『サイクル野郎』が雑誌に連載していて、自分も旅に出たくなった。
雑誌に影響され『流れるウインカー』よりもドロップハンドルのサイクリング車が欲しくなった。
幼稚さが減った分、ミーハーさが増した時期だったのかも知れない。
お年玉を貯めて自転車を買おう思った。
でもおふくろが中学生になるまで我慢しろと言った。
おふくろは我慢を教えたかったみたいだった。
ありがとうおふくろ。
中学生になってドロップハンドルのサイクリング車を買った。
丸石サイクルのエンペラー号と言うヤツで他よりも少し高くブレーキワイヤーがフレームの中を通してあったり、輪行しやすいように
ベアリングがリテーナータイプだった・・・ってこんな話、読んでいる人には全然分からないと思う。すみません。
親父と一緒に隣町の自転車屋に行ったのはいいけど、買ってきたのは箱に入って組み立ててないやつ。
それを自分で組み立てさせられた。
嘘かほんとか分からないままに組み立てたけど、ハンドルに巻くバーテープがうまく巻けず何回も近所の自転車屋に買いにいったのを覚えている。
漫画『サイクル野郎』にあこがれて、主人公の乗る自転車の真似をし自分の自転車の泥よけにも同じように『フェニックス号』と
名前を書いた。
なんとミーハーな少年期なんだろう。
中学一年のころ、同級生と二人で琵琶湖一周をした。きつかった。
その自転車はしばらくして車とぶつかってフレームが曲がり廃車になった。
悲しかった。
知らない土地を旅するあこがれは強かった。
だからまた貯金して自転車を買おうと思った。
少し目が肥えてもう少し良い自転車を買おうと思った。
そこで既製品ではなくてフレームから買いそろえることにした。
ミーハー度は更に増して当時人気のあったパーツが何かを調べ倒した。
オタクな少年でもあった。
当時フレームといえば“ズノウ” “トーエイ”それとメジャーだったのが“ケルビム”・・・ってよく分からない話でごめんなさい。
いろいろ調べて京都のヤマネサイクルというお店でトーエイのランドナーフレームをセミオーダーした。
数週間後、出来上がったフレームを担いで電車に乗ったときはちょっと得意げだった。
高校生になってもバイクに転向せずそのまま自転車好きでいた。
貯めた小遣いで部品を買ったりした。
フロントギヤはTAのシクロツーリストのトリプル。
カンパニョロのハブ。
スーパーチャンピオンのリム。
そして・・・
四国を自転車で旅した親戚の兄ちゃんがホンダのナナハンを買った。
うしろに乗せてもらったとき、その加速力に魅了させられた。
それと同時に自分の自転車への情熱が終わっていった。
あれから30数年。
埃をかぶって部屋の片隅に置いていた自転車。
どうせなら飾ってやろうと思って作ったのがこのサイクルスタンド。
本来は乗るべきものかもしれないけど、いまはそんな暇もない。
ならせめてきちんと飾ってやろうと思って作りました。
フェニックス2号
サイクルスタンドを作ったのは昨年末。作ったはいいけどサイクルスタンド自身が邪魔な存在になっていたので、ガレージ整理の勢いで壁に取り付けました。
勢い付いてガレージに使えそうなアイテムがないかAmazonを見ていて見つけたのが“裸電球風”なLED電球。
値段が1個1500円ほど。
工作仲間のkagayakiさん御用達の中華サイト『AliExpress』を見てみたら1/3位で売っていた。
で、お願いして買ってもらった。
パッケージは意外としっかりしていた。
LEDの素子をフィラメント風にレイアウトしてあるのがこいつの特徴。
電球がLEDになって消費電力が下がってよくなったけれど、昔のエジソン球みたいなノスタルジックさはもう昔のことなのかと
少し残念に思っていた。
でも、こいつはなかなかいけます。
消費電力は実測で6W。
ガレージの演出にトーエイのフレームと裸電球風LEDランプ。
そんな話でした。
ではまた
(kagayakiさん、ありがとうございました。)
まだスクーターが一般的に出回ってなくて自転車のCMがテレビでバンバン流れていた。
自転車メーカーも沢山有って毎年新型が発売された。
雑誌も沢山あった。
自転車に『流れるウインカー』がついているのが流行っていた。
自分もまだ幼稚だったのでちょっと欲しかった。
10才ほどはなれた親戚の兄ちゃんがドロップハンドルのサイクリング車で四国を旅して、その帰りに友達と一緒にうちに泊まっていった。
自転車が欲しいと話したらドロップハンドルの自転車を組んでやろうと言ってくれた。
でも自分はまだ『流れるウインカー』がついているミーハーな自転車が欲しくて返事に困ったのを覚えている。
当時、自転車で日本一周する漫画『サイクル野郎』が雑誌に連載していて、自分も旅に出たくなった。
雑誌に影響され『流れるウインカー』よりもドロップハンドルのサイクリング車が欲しくなった。
幼稚さが減った分、ミーハーさが増した時期だったのかも知れない。
お年玉を貯めて自転車を買おう思った。
でもおふくろが中学生になるまで我慢しろと言った。
おふくろは我慢を教えたかったみたいだった。
ありがとうおふくろ。
中学生になってドロップハンドルのサイクリング車を買った。
丸石サイクルのエンペラー号と言うヤツで他よりも少し高くブレーキワイヤーがフレームの中を通してあったり、輪行しやすいように
ベアリングがリテーナータイプだった・・・ってこんな話、読んでいる人には全然分からないと思う。すみません。
親父と一緒に隣町の自転車屋に行ったのはいいけど、買ってきたのは箱に入って組み立ててないやつ。
それを自分で組み立てさせられた。
嘘かほんとか分からないままに組み立てたけど、ハンドルに巻くバーテープがうまく巻けず何回も近所の自転車屋に買いにいったのを覚えている。
漫画『サイクル野郎』にあこがれて、主人公の乗る自転車の真似をし自分の自転車の泥よけにも同じように『フェニックス号』と
名前を書いた。
なんとミーハーな少年期なんだろう。
中学一年のころ、同級生と二人で琵琶湖一周をした。きつかった。
その自転車はしばらくして車とぶつかってフレームが曲がり廃車になった。
悲しかった。
知らない土地を旅するあこがれは強かった。
だからまた貯金して自転車を買おうと思った。
少し目が肥えてもう少し良い自転車を買おうと思った。
そこで既製品ではなくてフレームから買いそろえることにした。
ミーハー度は更に増して当時人気のあったパーツが何かを調べ倒した。
オタクな少年でもあった。
当時フレームといえば“ズノウ” “トーエイ”それとメジャーだったのが“ケルビム”・・・ってよく分からない話でごめんなさい。
いろいろ調べて京都のヤマネサイクルというお店でトーエイのランドナーフレームをセミオーダーした。
数週間後、出来上がったフレームを担いで電車に乗ったときはちょっと得意げだった。
高校生になってもバイクに転向せずそのまま自転車好きでいた。
貯めた小遣いで部品を買ったりした。
フロントギヤはTAのシクロツーリストのトリプル。
カンパニョロのハブ。
スーパーチャンピオンのリム。
そして・・・
四国を自転車で旅した親戚の兄ちゃんがホンダのナナハンを買った。
うしろに乗せてもらったとき、その加速力に魅了させられた。
それと同時に自分の自転車への情熱が終わっていった。
あれから30数年。
埃をかぶって部屋の片隅に置いていた自転車。
どうせなら飾ってやろうと思って作ったのがこのサイクルスタンド。
本来は乗るべきものかもしれないけど、いまはそんな暇もない。
ならせめてきちんと飾ってやろうと思って作りました。
フェニックス2号
サイクルスタンドを作ったのは昨年末。作ったはいいけどサイクルスタンド自身が邪魔な存在になっていたので、ガレージ整理の勢いで壁に取り付けました。
勢い付いてガレージに使えそうなアイテムがないかAmazonを見ていて見つけたのが“裸電球風”なLED電球。
値段が1個1500円ほど。
工作仲間のkagayakiさん御用達の中華サイト『AliExpress』を見てみたら1/3位で売っていた。
で、お願いして買ってもらった。
パッケージは意外としっかりしていた。
LEDの素子をフィラメント風にレイアウトしてあるのがこいつの特徴。
電球がLEDになって消費電力が下がってよくなったけれど、昔のエジソン球みたいなノスタルジックさはもう昔のことなのかと
少し残念に思っていた。
でも、こいつはなかなかいけます。
消費電力は実測で6W。
ガレージの演出にトーエイのフレームと裸電球風LEDランプ。
そんな話でした。
ではまた
(kagayakiさん、ありがとうございました。)