温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

千古温泉

2017年01月11日 | 長野県

昨年(2016年)は大河ドラマの影響で真田氏にゆかりのある土地が盛り上がったそうですが、そんな真田氏が発祥したといわれている旧真田町(現上田市)の「千古温泉」へ立ち寄ってひとっ風呂浴びてまいりました。私が訪問した昨年冬、瓦を戴く看板は真田の六文銭が描かれた赤い幟を両脇に侍らせていました。かつては支配階級であった武家の家紋が、いまでは鉱泉の看板の両脇に立って仕えているのですから、数百年に及ぶ時の移ろいは、権力と支配の関係を完全に逆転させたようです。


 
集落から外れて洗馬川の岸へ向かい、そこからヘアピンカーブの坂道を下って川岸へほとりにある建物へ。


 
玄関に掲げられた表札には「真田ゆかりの湯」と記されていました。どんな所縁があるのかな? いかにも旅館のような建物であり、実際に以前は宿泊業を営んでいましたが、現在では日帰り入浴のみの営業となっています。



すぐ目の前を洗馬川が流れています。ここからちょっと上流へ遡ると、真田十勇士の霧隠才蔵が忍法を修行したとされる千古の滝が飛沫をあげて轟いており、温泉名はその滝に因んだものと思われます。でも「真田十勇士」は明治期に創作されたフィクションですから、滝で修行をしたという伝説も一種の御伽話なのでしょう。尤も、忍術の使い手を自称する偏屈な爺さんが滝に打たれていたことなら、過去にあったのかもしれませんけどね。


 
建物の外側や駐車場には薪がたくさん積まれていました。


 
そもそも旅館だった館内は和風で落ち着いた雰囲気。ロビーにはアンティークな箪笥が置かれ、薪ストーブが赤い炎を上げながら室内にぬくもりをもたらしていました。表に積まれていた薪はここで使われていたんですね。


 
帳場で湯銭を支払って浴場へ。館内に掲示されている注意書きで目を惹くのが、右(下)画像の一枚。そこには「湯壷に沈殿する黒い粒子は湯花です(マンガン(Mn)という成分)。体には無害な物で軽石で洗っていただきますときれいに落ちます」と説明されています。各地の温泉ではしばしば湯の華や沈殿に関する説明が掲示されていますので、はじめのうちはその手のものと同じかと思い込んで一顧だにしなかったのですが、そこに何気なく記されている「軽石で洗っていただきますときれいに落ちます」という一文が、実はこの温泉の特徴を端的に表現するタダならない文言であることに気づいたのは、湯船に入った後のこと。詳しくはまた後ほど。


 
浴室は男女別の内湯のみ。民宿のお風呂をひと回り大きくしたようなコンパクトな作りですが、浴槽や床などお湯がかかりやすいゾーンには石材や石板タイルが用いられ、非日常的な空気感が醸し出されています。私の訪問時には、窓から斜めに降り注ぐ外光が、まるでスポットライトのように浴槽を照らし、透明なお湯がより一層美しく映えていました。


 
洗い場にはシャワー付きカランが2基並んでおり、シャンプー類と一緒に軽石が備え付けられていました。先ほどの掲示に書かれていた軽石とはこれのことですね。各地の温泉旅館を巡っていると、踵の角質を落とす軽石を備え付けるお風呂と偶に遭遇しますので、湯船に入る前の私はてっきりその手の類かと思い込み、はじめのうちは「あぁ、ここにもあるんだな」程度にしか認識していなかったのですが、まさか湯船に入った後、この軽石のお世話になるとは思ってもいませんでした…。


 
石板とセラミックのタイルを組み合わせた浴槽は3人サイズ。角のRが見た目に柔らかな印象をもたらしています。
分析書によれば源泉温度は24.2℃ですから、温泉法の規定では温泉ではなく冷鉱泉となります。あと0.8℃あれば温泉を名乗れるのですから、季節や外気温など状況によってはれっきとした温泉になるのかもしれませんね(※)。源泉温度が低いために加温した上で浴槽へ注がれているのですが、湯船に張られたお湯は循環せず放流式でかけ流されていますのですから、その贅沢な湯使いには感嘆せずにいられません。冷鉱泉を加温掛け流しにしているのですから、オーナーさんは相当ご苦労なさっていることとお察しします。でもそのお蔭で良い状態のお湯を楽しむことができるわけですね。オーナーさん、ありがとうございます。
(※)日本の温泉法では、25℃を温泉と冷鉱泉のボーダーラインとして規定しています。

お湯は無色透明で湯の華などは特に見られません。分析書によれば総硫黄が12mgも含まれているのですが、実際には湯口に鼻を近づけると僅かにタマゴ臭が嗅ぎ取れるだけでしたので、おそらく加温によって匂いが飛んでしまうのでしょう。でも、口に含むと口腔の粘膜に渋みのような苦味を残すタマゴ味が広がりましたので、味覚面では硫黄感がしっかり残っているといって良いでしょう。


 
このお風呂における大きな特徴のひとつは、入浴時の泡つきです。源泉由来か、あるいは加温など後天的な影響なのか、詳細な理由は不明ですが、湯船に浸かると全身が細かな気泡に覆われ、このおかげでとってもエアリーな感覚に抱かれるのです。お湯自体もツルツルスベスベの滑らかな浴感なので、その滑らかさにエアリー感が加わり、実に柔らかで軽やかなフィーリングに包まれました。



もう一つの特徴は、浴槽に触れた肌が真っ黒になることです。気泡が付着する温泉は全国的に見られますが、肌が黒くなる温泉は僅少であり、しかもその多くは硫化鉄によるものですので(同じ信州で具体例を挙げれば、七味温泉「渓山亭 恵の湯」など)、お湯が白濁するなど硫黄泉の特徴がはっきりと現れるのが通例です。しかしながら、こちらの場合は先述のように源泉における総硫黄こそ多いものの、湯船ではその感覚が弱まっており、沈殿らしきものも見当たらなかったので、湯船から上がった自分の手のひらや足の裏が真っ黒に染まっているのを見て、とっても驚きました。先ほどの説明書きによれば、この黒ずみは鉱泉に含まれるマンガンに起因する現象のようです。湯船に入ってここまで黒くなるお風呂は非常に珍しいのではないでしょうか。
これをご覧になって、是非とも誤解していただきたくないのは、この黒ずみは千古温泉独特の成分がもたらす影響なのであり、決してお風呂自体に問題があるわけではないということ。浴室は大変きれいに維持管理されていますので、断じて汚れなどではありません。むしろ源泉の個性をできるだけ残して活かす形で提供されているからこそ、こうした現象が起きるのだと思います。黒くなった手や足は、ボディーソープをつけた軽石でゴシゴシ洗うときれいになりますので心配ご無用。一見すると大人しくて没個性のお湯なのかと思っていたのですが、実は非常に強い個性を持つ面白い鉱泉だったのでした。このお風呂に入れば足の裏が黒くなりますから、どんな悪人でも湯上がり後は足跡がついちゃって、疚しいことを犯せなくなりますね。真田ゆかりの鉱泉は、悪事を許さない正義の湯と言えるのかもしれません。


アルカリ性単純硫黄冷鉱泉 24.2℃ pH8.5 溶存物質548.8mg/kg 成分総計549.2mg/kg
Na+:140.6mg(74.90mval%), Mg++:0.6mg, Ca++:38.7mg(23.62mval%), Fe++:0.04mg, Mn++:痕跡
Cl-:188.1mg(64.98mval%), Br-:0.7mg, I-:0.3mg, HS-:11.5mg, S2O3--:0.1mg, SO4--:74.5mg(18.97mval%), HCO3-:49.8mg(10.03mval%),
H2SiO3:22.0mg, HBO2:15.6mg, H2S:0.4mg,
(平成21年9月11日)
加水循環消毒なし
加温あり

長野県上田市真田町長6395  地図
0268-72-2253

10:00~20:00 毎月20日休館(土・日・祝日の場合はその翌日)
500円
シャンプー類・ドライヤーあり

私の好み:★★★
コメント (2)
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