温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

ブルサ・チェキルゲ温泉 エスキ・カプルジャ

2015年01月23日 | トルコ
 
トルコ屈指の大都市であるブルサの近郊には、チェキルゲという温泉街があり、温泉入浴の専門施設が数軒営業していますので、各施設のお風呂をハシゴすることにしました。1軒目はチェキルゲ地区の中心部に位置している「エスキ・カプルジャ(Eski Kaplıca)」です。屋根に戴く大きなドームが印象的です。Eskiはトルコ語で古いという意味ですから、「エスキ・カプルジャ」を直訳すると「旧温泉」になりますが、その名の通りブルサでは最も古い温泉なんだそうでして、6世紀に東ローマ帝国皇帝ユスティニアヌス1世の皇后であるテオドラが、この地に浴場を建設したのが歴史のはじまりであり、その後14世紀に、オスマン帝国のムラト1世が跡地に浴場を建てて・・・中世史以前の知識に乏しい私の付け焼刃的な情報ではうまく説明できないのですが、とにかく数百年の歴史を有する古い浴場なんだそうです。



「エスキ・カプルジャ」は高級リゾートホテル「ケルヴァンサライ・テルマル(Kervansaray Termal)」の付帯施設として営業しており、浴場棟はホテルの敷地内に含まれています。いずれはこんなホテルでゆっくり寛げるような身分になりたいものだ…。


 
浴場は男湯・女湯・家族風呂という3種類に分かれており、1階が家族風呂、2階の東側が女湯、そして同じく2階の北側(ホテルやプール側)が男湯の入口となっていました。テラスを歩いて男湯へと向かいます。


 
入口のすぐ左側に受付カウンターがあるので、そこで料金を先払いしますと、隣の中央ホールへ進むように指示されます。総大理石造りで格調高いこの中央ホールは圧巻。天井が高いドームとなっており、中央には泉が設けられ、その周囲には湯上がりの休憩用のクッション付きデッキチェアーが置かれています。
このホールの窓側には更衣要の個室が並んでおり、私がホールに足を踏み入れると、白い服を着た三助さんが個室へと案内してくれました。多客時に備えて階段をあがった2階にも更衣個室が設けられているようですが、訪問時はお客さんが少なかったためか、1階の個室に通されました。


 

こちらが個室の内部。小窓から日が差し込む明るい室内は3畳ほどの広さがあり、リネン類の無いベッドが1台据えられている他、セキュリティーボックスなどが備え付けられていました。ベッドは湯上がりに寝っ転がって体を休めるためのものでしょうね。大理石の床は床暖房で暖められていました。宿泊できちゃいそうな広さなのですが、ここを着替えるためだけに一人で占用できちゃうんですから、なんとも贅沢です。

入室と同時に三助さんがベッドの上へ一枚のチェック柄の長い布を置いてくれました。これは入浴の際に使う腰巻きです。バスタオルで腰を巻くのと同じ要領で使えばOK。バスタオルよりも薄いので、キュッときつく縛りつけることができます。この腰巻きを使用した入浴方法こそトルコの伝統的スタイルですから、私は現地の文化を体感すべく、腰巻きで入浴することにしました。腰巻きの下にはなにも着けませんから、もし腰巻きが不安ならば、水着着用でも構いません。


 
腰巻きを装着して、室内に備え付けのサンダルに履き替えたら、入浴の用意が完了です。個室を出ますと、三助さんが個室を施錠し、その鍵を私に渡してくれました。ホールをを突き抜けて、目立たぬ木戸を開けて浴場へ。

入浴ゾーンは3区画に分かれており、まず立ち入ることになるのが上画像の洗い場ゾーンです。ライトグレーとホワイトの2色基調となっている総大理石の室内中央には、小さな噴水が水を上げており、その周りを、これまた大理石の桶が置かれた8箇所の洗い場が囲っています。各洗い場には真鍮の水栓が設けられていて、そこから吐出されるお湯は温泉でした。2つの水栓に跨って掛けられている桶は、銅と思しき金属製です。建物から桶まで、浴場全体から小さな備品に至るまで、浴室の全てが日本の温泉では見られない光景であり、優雅で装飾性の高い温泉文化に接して我が心は踊りっぱなしです。
なお、この洗い場ゾーンの右側には台が据えられたマッサージ施術ゾーンがあるのですが、訪問時は他のお客さんが実際に施術を受けていらしゃったので、そちらについては画像を撮っていません。



洗い場の奥が入浴ゾーン。青く澄み切った湯船が白い大理石の浴室に映えており、その美しさには息を呑まずにいられません。


 
ドーム天井のてっぺんは湯気抜きと明かり採りを兼ねて穴が開いており、湯気を通して優しく円やかになった陽光が、真円の浴槽へ穏やかに降り注いでいます。槽の直径は目測で約8メートルで、1.5メートル前後の深さがあるのですが、槽内の縁には2段のステップが設けられていますから、好みの深さのステップに腰掛けて湯浴みをすることもできます。


 
浴槽の温泉は獅子の湯口から勢い良く吐出されており、先客はここで打たせ湯を楽しんでいらっしゃいました。画像をご覧になればお分かりいただけるように、浴槽の容量はかなり大きいのですが、投入量はそれに十分見合っており、槽内のお湯は実にクリアで、縁からザブザブと途絶えることなくお湯が溢れ出ていました。なお湯口では体感で42℃前後なのですが、湯船は38℃ほどとややぬるめです。お湯は無色透明で、ほぼ無味無臭、特にこれといった知覚的特徴はありませんが、優しいフィーリングの中に僅かに引っかかる感触が伴っており、ほんのり石膏感が含まれているようでした。



この入浴ゾーンにも洗い場があり、円形の壁に沿って12箇所の洗い場が浴槽を囲んでいました。真鍮の水栓を開けて石造りの桶にお湯を溜め、金属の桶でお湯を掬って掛け湯します。湯船に入る前には必ずしっかりと掛け湯しましょう。



実に気持ち良いお風呂です。槽内からは大理石ならではの優しい肌触りが伝わってきました。お湯はとても綺麗であり、40℃をやや下回る長湯仕様ですので、いつまでも浸かっていたくなります。実に優雅な入浴タイム。束の間のセレブ気分を堪能させていただきました。



お風呂に満足した後、腰巻きが濡れたままでホールへ戻りますと、三助さんがこちらへやってきて、腰巻きを新しいものに交換してくれると同時に、上画像のように、その場で数枚のバスタオルを私の全身に巻き付けてくれました。なかなか様になっているでしょ。なおこの画像は私を担当した三助さんが撮ってくれたもの。みなさん穏やかに微笑みながら手際よくサービスをこなしてくれます。
このタオル巻きによって湯上がりの熱放射が阻止され、いつまでも温浴効果が持続します。サウナほどではありませんが、それに準じたポカポカ感があり、この後しばらくデッキチェアーで横になっていたのですが、その間は発汗が止まりませんでした。

料金設定がかなり高いので、地元民の姿は見られず、完全に観光客か有産階級向けの施設となっているのですが、重厚感溢れる建物や大理石を多用した浴室の雰囲気は実に素晴らしいですし、そこへ掛け流されるお湯の質も良好。そして誰でも伝統的なトルコのハマムを体験できますから、ブルサを観光したならば訪問必須のポイントであると言えましょう。


GPS座標:N40.20244, E29.02333,


ブルサ市街からチェキルゲ方面行きのドルムシュ(乗り合いタクシー)に乗り、運転手に「ケルヴァンサライ・ホテル」と告げると、ホテル(浴場)前のロータリーで車を止めてくれる。もしくは地下鉄ブルサライのSirameşeler駅より徒歩15分(1.2km)
「ケルヴァンサライ・テルマル・ホテル」ホームページ
入浴のみ35リラ
(追加料金でアカスリやマッサージなど利用可能)
セーフティーボックス・ドライヤー備え付けあり。なお石鹸類やタオルなどは浴室入口の木戸脇にたくさん用意されているので、自由に手にとって良い。

私の好み:★★★

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トルコ高速鉄道(YHT)の旅 後編(YHTとバスを乗り継いでアンカラからブルサへ)

2015年01月22日 | トルコ
前編からの続きです。

 
アンカラ駅舎内はさすがに首都の鉄道駅だけあって威風堂々たる構え。中央ホールの天井にはトルコ高速鉄道(YHT)の大きな写真が社紋とともにプリントされていた。このホールの左右にチケットカウンターがあるほか、正面奥のカウンターにはインフォメーションやYHT接続バスを運行するキャミルコチ(大手バス会社)のカウンターも設けられていた。ということはここでYHT接続バスのチケットも購入できるはず。いや、私のようにYHTとバスを分割して購入するのではなく、本来は鉄道のカウンターで一括購入するものなのかもしれない。


 
アンカラ駅におけるYHTの発着ホームはセキュリティの関係で1番線に限定されている。ホーム入場の際には手荷物検査を受ける。チケットを提示して金属探知ゲートを潜り、手荷物をX線検査機に通す。とはいえ検査は飛行機ほど厳しくなく、多少は並ぶけれども流れは早い。あくまで凶器や火気の持ち込みを取り締まっているにすぎず、液体持ちこみなど不問のようであり、私は駅の売店でサンドイッチとジュースを買い込んでバッグに入れておいたが、まったく問題なかった。



これがYHTのチケットである。先日拙ブログで取り上げた夜行列車のチケットと一緒に、予めイスタンブール旧市街のシルケジ駅で購入しておいた。アンカラからエスキシェヒルまで、何と27.5リラ(1400円強)という破格の安さ! 同じ金額で東京圏のJRだったら、東海道線の普通列車で国府津までしか行けない。



私が乗ったのは16:45発のエスキシェヒル(Eskişehir)行。
車両はスペインCAF社製のHT65000系電車。



YHT乗車ホームの1番線はセキュリティのため、このようにガラスで仕切られている。


 
YHTにはエコノミークラス(2等車)とビジネスクラス(1等車)が設定されているはずだが、私が乗ったエスキシェヒル行きの列車はエコノミーのみのモノクラス編成であった。
車内には2+2のリクライニングシートが並んでいるが、ヨーロッパの列車に多く見られるような集団見合型で固定されており、座席の向きは変えられない。なお出入口ドアの両脇には荷物置き場があり、大きなスーツケースはそこへ置くことができる。


 
私が指定された6Cという座席は、集団見合型の中央部の通路側にあたり、テーブルを挟んで前の席と向かい合わせになっているのだが、幸いにも進行方向に対して順行であり、大きなテーブルが使えた上、足元にも余裕があったので、かなり楽な姿勢で乗車できた。他の座席でも、シートのサイズやシートピッチは日本の新幹線と大差ないようである。ただシートの材質がスポンジみたいで安っぽかった。


 
ほぼ定刻通り(16:45)にアンカラを発車。YHTは開業してまだ数年しか経っていないが、既に国民に受け入れらているのか、ざっと見たところ8割近い乗車率であった。動き始めてしばらくすると、蝶ネクタイを締めたお兄さんが車内販売のワゴンを押してきた。バスと違って有料であるから、今回私は車内販売に手を出していない。

天井には広告などが映されるモニターが設置されており、右上には現在のスピードも表示される。出発して約30分後に車内モニターのスピード計が251.3km/hを記録した。これがこの列車の最高速度であった。YHTは200km/hを超えるようなると、ヨーイングがはっきり現れてかなり揺れ、カーブでは遠心力で外側へ持って行かれそうになり、蓋をあけっぱなしのペットボトルが倒れかかって非常に慌てた。たまに下から突き上げるような衝動もあり、走りが硬くてゴツゴツガラガラうるさい。新幹線を利用するたびに爆睡する私も、このYHTでは不安を覚えてちっとも寝られなかった。このHT65000系電車のベースになったスペインAVEの120系に乗ったことがないので、車両側の問題に関して具体的な言及はできないが、高速鉄道は車両性能もさることながら路盤の整備が非常に重要であり、どれだけ車両が高性能であっても、路盤の良し悪しが高速走行の状態に大きな影響を与えるから、あくまで私の邪推であるが、おそらく車両より路盤に問題があるのではないかという気がする。


 
18:15に終点エスキシェヒルへ到着。定刻は18:06だから9分遅れ。YHTの他の列車はイスタンブールのペンディッキまで運行しているが、この列車はここが終点。数ヶ月前までは(コンヤ行以外の)全列車がこのエスキシェヒル行であった。



今回の乗車で高速走行時の揺れと同じくらいに気になったのが、アルストムのジャケットを着たスタッフである。上画像はエスキシェヒル駅のホームで後ろ姿を撮ったものだが、走行中の車内でもこのジャケットを着た複数のスタッフがしきりに歩いていた。アルストムといえば、フランスを代表する世界的重電メーカーであり、本国でTGVを開発して以来、世界中へ高速鉄道を売り込んでいることでも有名だ。
トルコ共和国首相府投資促進機関(ISPAT)の日本語サイトにはアルストムに関して言及しているページがあり、そこには特にYHTに関する記載はないものの、上述のようにYHTのHT65000系はスペインの120系をベースにしてスペインCAF社で製造されており、その120系をはじめとするAVE(スペイン新幹線)の多くはアルストムが製造を担っているから、このYHTにもいっちょ噛んでいることは想像に難くない。海外旅行で鉄道を利用するたび、このアルストムをはじめ、シーメンスやボンバルディアといった鉄道界三巨塔の存在感に圧倒される。鉄道王国日本で生まれ育った者としては、是非とも日本勢に頑張って欲しいが、なかなか上手くいかないものだ…。


 
放物線を描く天井が印象的なエスキシェヒル駅舎を抜けて構外に出ると…


 
駅前にはキャミル・コチのバスが2台縦列駐車していた。どちらもブルサ行きと表示されていたので、バスのスタッフにチケットを見せながらどちらへ乗るべきか尋ねたところ、前の方へ乗れと指示された。なるほど、前のバスのフロントガラスには小さいながら、トルコ国鉄・キャミルコチ両社のロゴとともに、"YÜKSEK HIZLI TREN BURSA BAĞLANTI OTOBÜSÜ"(高速鉄道 ブルサ 接続バス)と書かれた紙が貼られていた。

満席のバスは18:30にエスキシェヒル駅前を出発。出発してしばらく経つと、トルコのバスではお馴染みの車内サービスが開始されたが、他社と異なりキャミルコチは、バスにもかかわらずワゴンで車内サービスを行うことで知られており、この接続バスでもおデブちゃんのスタッフが、揺れるバスの中で踏ん張りつつ、後部出入口のステップ脇にある収納庫からワゴンを取り出し、座席上の荷棚から紅茶のティーバッグや砂糖などが収められたビニール袋を鷲掴みにしてワゴンにセッティングし、前方座席から順々にサービス提供を行っていった。


 
途中どこかの街でお客さんを数名降ろす。この接続バスの途中停車は一箇所のみ。
ブルサのオトガルには20:50に到着した。この街のオトガルも大規模だ。



ブルサのオトガルから街の中心部へ向かうには、10km以上南下しなければならない。両地点を結ぶ公共交通機関は路線バスのみ。しかもこの晩、私は中心部から更に南西へ入ったチェキルゲ地区のホテルを予約しているので、街の中心部までバスで行ったとしても、そこから更に乗り換えをしなければならない。でも既に時計は夜9時を指そうとしている。この日は朝から移動移動でとても疲れ、街中でレストランを探すのが面倒になってしまったので、オトガルのターミナルビル内にあるロカンタ(食堂)で夕食をとり、タクシーでホテルへ直行してしまった。

次回記事からはブルサ近郊にあるトルコきっての温泉地、チェキルゲ温泉について取り上げてまいります。
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トルコ高速鉄道(YHT)の旅 前編(ギョレメからアンカラ駅まで)

2015年01月21日 | トルコ
カッパドキアでの観光を終えた私は、次なる目的地であるトルコ北西部の都市ブルサ(Bursa)へ移動することにした。
(カッパドキアでは現地催行のツアーに参加して人並みの観光をしただけなので、このブログではその内容の叙述を控えさせていただく)

旅行日:2014年11月初旬

トルコという国はバスの路線網が充実しているから、今回カッパドキア観光の拠点にしたギョレメ(Göreme)からブルサへ向かうには、長距離バスを利用したほうが便利で安いはず。しかし多少なりとも鉄っちゃんの血が流れている私としては、経路に少しでも鉄道を組み込みたい。そして、できれば当日中にブルサへ到着しておきたい。そこで思いついたのがトルコ国鉄(TCDD)の誇る高速鉄道"YHT"である。ギョレメから北上して首都アンカラ(Ankara)へ行けば、そこから高速鉄道を利用することができる。しかも私が今回のトルコ旅行を計画していた約3ヶ月前の2014年7月下旬に、YHTはイスタンブールのアジア側にあるペンディッキ(Pendik)まで延長開通していた。



そこで当初は、ギョレメからバスでアンカラへ出て、アンカラからペンディッキまでYHTを乗り通し、ペンディッキから高速船で海の対岸のヤロワへ渡り、ヤロワから頻発しているバスでブルサへアクセスするというプランを考えていた。しかしこれでは乗り換え回数が多く、どこか1行程でも遅延が発生すれば、将棋倒し的に後の行程も遅れてしまって、ヘタすればブルサまだ到着できなくなるかもしれない。

もうちょっとベターな乗り継ぎはないものか。冷静になって調べ直したところ、YHTには途中のエスキシェヒル(Eskişehir)付近からブルサへ路線を分岐延長する計画があり、既に敷設工事が着工されているらしい。ということは、YHTとブルサを連絡する何らかの移動手段が用意されているのではないかと推測してトルコ国鉄の公式サイトを隈なく探してみたら、案の定、エスキシェヒルでYHTに接続してブルサまで行くバスが運行されているではないか(リンク先のページの最下部に"ESKİŞEHİR'DEN YÜKSEK HIZLI TRENE BURSA OTOBÜS SAATLERİ"という見出しで運行時刻が表示されている。トルコ語表記)。グーグル翻訳の力を借りながら更に調べてみると、このバスはトルコ国鉄ではなく、大手バス会社のキャミル・コチ(Kâmil Koç)によって運行されていることも判明した。このYHT接続バスを使えばペンディッキ乗り換えよりも早くブルサへ到着できるので、今回YHTはアンカラからエスキシェヒルまでの乗車とし、そこからブルサ行きYHT接続バスを利用するルートで向かうことに決めた。


 

移動日当日の朝、まずギョレメのバスターミナルにある"Nevşehir Seyahat"社の窓口へ赴き、ここからアンカラまでのチケットを購入する。アンカラまでのバスは数社が運行しているが、アンカラでの乗り継ぎ時間を考えた場合、私の行程に最も合っていたのが、この"Nevşehir Seyahat"社の便であった。ついで、この並びにあるキャミル・コチの窓口にも出向いて、エスキシェヒルからブルサまでのYHT接続バスのチケットを買い求めようとしたが、窓口のスタッフ曰く、その便があるのは確認できるが、ここにある端末では発券できないとのこと。YHT接続バスの発券に関しては、何らかの制限が設けられているのかもしれない。仕方がないので、とりあえずアンカラまで出ることにする。

10:10にアンカラ行のバスがターミナルへやってきた。本来このバスはネブシェヒルのオトガル(バスターミナル)を11:00に出発するアンカラ行として運行されるものだが、始発点の前にギョレメへ立ち寄ってお客を拾ってくれるのだ。チケットには10:15という出発時刻が印字されているが、窓口のスタッフは10:00までにバス停で待っていろと時刻を手書きした。なるほど、そのスタッフが教えてくれた通り、券面表示より早い時間にバスがやってきたのであった。なお、バス会社によっては、ミニバスで始発点となる近隣都市の大きなバスターミナルまで無料送迎してくれるらしい。


 
バスはベンツ製で車齢が比較的若く、無彩色にレッドの差し色が鮮やかな車内は、清掃が行き届いており、乗り心地はすこぶる快適。シートモニターは新しいタッチパネル式で、画面サイズも大きくて見やすい。本来の始発点であるネブシェヒルでは約30分停車。定刻11:00にネブシェヒル出発した時点で、座席はほぼ埋まった。出発30分後には車内サービスも行われた。


 
起伏の少なく平地が果てしなく広がる中央アナトリアの大草原地帯をひたすら北上する。飼われているひつじの群れが幾度も車窓に映った。現在のトルコはかつてのオスマン帝国時代と比べると、はるかに領土が狭まってるのだが、それでも日本の倍の国土面積があり、山がちの島国に暮らす者にとって、この渺茫かつ雄大な景色には憧れを抱く。途中から進行方向左側に大きな湖が見えてきた。おそらくトルコで2番目に大きいトゥズ湖であろう。この東側湖岸を順調に走行。


 
12:45にドライブインを兼ねたガソリンスタンドでトイレ休憩。何分後に出発するのか案内放送されたようだが、トルコ語なのでチンプンカンプン。時間的にランチをとりたかったが、食事している最中にバスが発車してしまったら困るので、すぐに焼きあがるトーストなどで我慢し、乗務員や他の乗客の動向をうかがいながら、すぐに乗り込めるようバスの前で待機した。
結局20分近く休憩時間があったので、それがわかっていればゆっくりランチできたのだが、バスの前で臆病な面持ちで待っていた私の姿を見て哀れに思ったのか、隣の座席の若者がわざわざ私のために、ドライブインの売店でポテトチップスやジュースを買ってきてくれ、車内で分け与えてくれた。なんて心のやさしい若者なんだろうか。きっとイスラム教ならではの施しの精神なのだろう。何とかして彼に謝意を伝えたかったが、悲しいかな"Teşekkür ederim"(ありがとう)以上のトルコ語がわからず、ただ「ありがとう」という単語を繰り返すことしかできなかった自分がとても腹立たしかった。


 
到着予定時刻が近づくにつれ、車窓が都市らしくなってゆく。計画都市らしい整然とした感じがする。
窓越しに右(下)画像を撮っているころ、車内サービスのおばちゃんがバラの香りのコロンヤ(香水)を乗客にたっぷりふりかけていたので、私も他の客に倣って両手を差し出し、掌でコロンヤを受けて肌になすりつけた。香りとアルコールのためか、清涼感があってサッパリする。


 
バスに揺られること約5時間。15:10にアンカラの巨大なオトガル(バスターミナル)へ到着。空港のように到着と出発のフロアが分けられている。


 
ターミナル内は国際空港のターミナルビルに匹敵するほどバカでかいのだが、それでも人混みがすごい。


 
(チケットの画像はクリックで拡大・一部修正済)
到着したフロアからエスカレーターで、チケットカウンターが並ぶ上層階へ向かう。さきほどギョレメではYHT接続バスのチケットを購入できなかったが、首都のバスターミナルの窓口なら何とかなるかもしれない。そう期待しながらキャミル・コチの窓口を見つけて、購入したい旨を伝えると、私の想像通り、ここでは発券可能であった。窓口スタッフ曰く、なんと残り1席とのこと。気づかぬ間に自分の計画が綱渡り状態となっていたことに冷や汗をかく(※)。料金は24リラで、購入の際にはYHTのチケットの提示を求められた。
券面には英語が併記されているので、特に記載内容で戸惑うことはない。私が確保できた最後の1席は、最後部の通路側(コリドール)46番席だ。
(※)もしこの接続バスに乗れなくても、エスキシェヒルの駅からタクシーでオトガルまで行けば、そこからブルサまでのバスが運行されていることはわかっていたが、その場合は到着時間が深夜になってしまうから、どうしても接続バスに乗りたかったのだ。


 
既にYHTのチケットは入手しているので、エスキシェヒルからのバスチケットが確保できたことにより、今回の行程が全て繋がってほっとひと安心。オトガルからは地下鉄アンカライ(Ankaray)で、国鉄駅の最寄りであるマルテペ駅まで移動する。さすが首都だけあり、ここのオトガルには地下鉄が乗り入れているのでとても便利だ。アンカライの表示に従い長い通路を進んで駅へ。


 
アンカラのオトガルは「アシュティ(ASTi)」と称されているらしく、アンカライの駅名もASTiであった。先日拙ブログで取り上げたイズミルの公共交通機関は、1回券の発売が無いため回数券の購入を強いられたが、アンカラはちゃんと1回券が用意されている。そのかわり、(他の駅はわからないが)ASTi駅には券売機が無いので、購入の際には一つしかない窓口へ並ぶことになる。運賃は2.60リラ。窓口で何も言わずに3リラを出したら、チケットとお釣りが返ってきた。このチケットを赤い改札機へ矢印の方向に挿入すると、機械が券を読み取ってゲートが解錠されるので、上へ戻される券を手にとってゲートの回転バーを前へ回せば入場できる。なお退場時に券は不要(つまり券は手元に残る)。



このASTi駅はアンカライの始発駅でもある。電車はドイツ・シーメンス製のライトレールに準じたシステム。駅へ停まるごとに阪神電車も真っ蒼な急加減速を繰り返し、手摺にちゃんと捕まっていないと転びそうになった。


 
5~6分ほど乗車し、マルテペ(Maltepe)駅で下車。


 
国鉄駅(TCDD GAR)と記された案内表示に従って地下鉄駅から地上に上がり、出入口から1ブロック北東側を横切る大通りに出た。この通りの更に北東側(向こう側)にYHTが発着する国鉄アンカラ駅があり、ガイドブックやネット上の情報によれば、地下道を歩いてゆけば駅に出られるとのことだったが・・・


 
たしかに地下道のゲートには国鉄列車の時刻表が掲示されており、ここから駅へ行けそうな気配が感じられたのだが、工事中なのか階段の先は閉鎖されており、残念ながら先へ進めない。近くを通る歩行者に道を尋ねたところ、通りをぐるっと迂回して線路のガードをくぐれ、とジェスチャーで教えてくれた。


 
往来が激しくて埃っぽい大通りの歩道を歩き、自動車用の標識を確認しながら、駅がある方向へ迂回する。線路のガード下には風俗業者の小さなエロ系チラシがたくさんばら撒かれていた。イスラム圏であるこの国でこの手の商売は表向き御法度なはずだが、文化を問わず宗教を問わず、人間が暮らす場所には性欲を満たそうとする商いが存在し、その手の商売は人目のつきにくく日の当たらないところで、需要を喚起しようとする。これは万国共通、普遍の法則だ。


 
線路を潜り、韓国大使館がある立体交差の角を右に曲がって、しばらく歩くとアンカラ駅に到着できた。地下鉄を出て戸惑った時間を含めると20分もかかってしまった。駅前ではシミット(パンの一種)が露天販売されていた。いかにもトルコらしい風景。

この駅からいよいよYHTに乗り込むのだが、この続きは後編で。
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カイセリ県 バイラムハジュ温泉

2015年01月19日 | トルコ
私がカッパドキアへやってきたのは、世界遺産である奇岩を物見遊山するのはもちろんのこと、当地に湧く温泉に入りたかったからでもあります。カッパドキア周辺には、ズィガ温泉(ウフララ渓谷付近)などいくつかの温泉が湧いています。しかしながらこのエリアの観光地はそれぞれがかなり離れているため、当地で観光するにはツアーに参加するのが一般的であり、公共交通機関(路線バス)での移動はかなり難しく、ましてや温泉地となればほとんど不可能です。もし複数の温泉地をハシゴするならばレンタカーを借りるかタクシーをチャーターする他ありませんが、そこまでの予算も時間も無いので、不本意ながら今回は訪れる温泉を一箇所に絞ることにしました。その温泉とはギョレメから約30km北東にあるバイラムハジュ(Bayramhacı)温泉です。



 
コンヤからバスでギョレメに到着後、ホテルに荷物を置いて、再びバスターミナルへと戻ってきました。街の中心にあたるこの界隈にはレストランや商店など観光客向けの店舗が揃っており、タクシーも待機していますが、このバスターミナルの前にはレンタルバイク屋があるので、高額な出費を要しそうなタクシーではなく、バイクを借りて温泉へ向かうことにしました。グーグルマップで調べたところ、ここから約30kmですから、バイクでも余裕で行ける距離です。
レンタルバイクの料金は利用時間に応じて料金が加算されてゆくとのこと。往復と入浴時間を合わせて4時間もあれば十分ですから、この時は125CCを4時間借りることにしました。支払った額は忘れてしまいましたが、お店のお兄ちゃんは当初かなり高い額をふっかけてきたので、交渉して言い値の数割にしたように記憶しています。ただヘルメットが別料金だったのは想定外でした。手続きの際にはデポジットとしてパスポートをお店に預ける他、免許証の提示を求められましたが、国際免許証ではなく日本の免許証でOKであり、ライセンス番号を書類に書き写す程度でしたから、もしかしたら社員証や学生証など、顔写真と何かしらの番号が記載されている身分証明証を提示しても通用しちゃうかもしれません。
15時ちょっと前にギョレメを出発。遠くに奇岩がのぞめます。バイクを借りた時点では弱くなっていた雨脚が、バイクを走りだして数分すると再び本降りになったので、途中で止めて、慌てて全身上下を登山用の雨具で固めました。雨のバイクは辛いですね…。


 
まずはギョレメから真北へ直進すること7kmでアバノス(Avanos)という焼き物の街に出ますので、GSがある大きな十字路を右折して幹線道路D300号線を東進します。そして1kmほど進むと再び大きな十字路となり、ここを右折するとD300号のカイセリ方面となるのですが、ここは曲がらず直進します。後はAvanos Yoluと称するこの道を14kmみちなりに直進です。
アバノスの街を東西に横切るクズル川を渡ってしばらくすると人家が途絶えてちょっとした峠道になるのですが、この時は時間の経過とともに雨脚が強くなり、日が傾くにつれて気温もどんどん下がってゆき、寒さのためにスロットルを回そうとする我が右手がかじかんでしまい、全身の震えも止まらなくなってしまいました。低体温症に陥りそうな自分を必死に鼓舞しつつ、路面の雨を跳ね上がら私を追い抜かしてゆく車を目線の先に追いながら、天候を考えて素直にタクシーを利用すべきだった、無理してバイクを借りるんじゃなかった、と強く後悔したのですが、もうここまで来たら後戻りはできません。

ギョレメを出てから約25分。上り坂が終わって峠を越えたと思しき地点を走っていると、右手の彼方に湖が小さく見えてきました(上画像の地点)。これから目指す温泉はあの湖岸にあるはず。峠の高低差は大したことないのですが、それでもピークを越すと天候が変化し、雨が上がってくれたので助かりました。ワインディングロードの先になだらかな起伏が連なる大地が果てしなく広がっており、その牧歌的で美しい景色を眺めていると瞬間的に辛い寒さを忘れそうになりました。


 
ギョレメから約30分、22km地点で右へ田舎道が伸びる丁字路に行き当たります(の左(上)側画像)。この目立たぬ丁字路の角に立っている標識(画像の白円内に拡大)にご注目。ここには"Bayramhacı Kaplıcasi"と記されています。Kaplıcasiとは温泉のこと。つまりバイラムハジュ温泉がある方向を示しているのですね。正直なところ、ここまでの道のりには自信が無かったのですが、ここまで来れば半分くらい発見できたようなもの。俄然元気が蘇り、ここで右折して田舎道をひた走りました。畑の真ん中を貫く何もない道路ですが、一応舗装はしてありますので、部分的な穴ぼこに気をつけさえすれば、それなりのスピードで巡航できました。なお特に標識はないのですが、途中で県境を越え、ネブシェヒル県からカイセリ県へ入ります。


 
やがて田舎道の右側に湖が近づきはじめ、丁字路から5~6kmでバイラムハジュ(Bayramhacı)村のゲートを潜ります。このゲートからは、湖岸の斜面に人家が立ち並んでいる村の様子がよくわかります。


 
起伏が続く村内の道を走行していると、ところどころに分岐がありますが、きちんと案内看板が掲示されていますから、それに従って進んでゆけば問題なし。


 
集落を抜けて沿道から人家が再び消え始め、あれれ、通り過ぎちゃったかと不安を覚えたころに、水色の小屋が立つ施設ゲートに到着できました。ギョレメから約40分です。



敷地内は意外と広く、ロータリー状の駐車場の前には黄色い横長の建物が立っています。おそらく宿泊棟なのでしょう。その建物の前にバイクを止めて雨具を脱いでいたら、背後からスタッフのお兄ちゃんが声をかけてくれたので、入浴したいと英語で伝えると、そのお兄ちゃんは快く案内してくれました。鉄格子が嵌められた窓口で料金10リラを支払って奥へと進みます。



お兄ちゃんの後をついて建物の間の狭い通路へ入ってゆくと、湖を見下ろす大きな温泉プールが広がっていました。湖岸の高台という絶好のロケーション。生憎の天候で、湖上は低い雲で煙っていましたが、それでも十分に素晴らしい景色です。


 
きっと夏の観光シーズンには多くのお客さんで賑わうのでしょうけど、秋の肌寒さに加えて雨天という悪条件が重なり、この日の先客は、ドイツ人夫婦の2人しかいらっしゃいませんでした。温泉プールは大小に分かれており、ご夫婦は大きなプールで遊泳中。


 
プールサイドにずらりと並ぶ青い扉は更衣用個室・シャワー・トイレです。青い扉と並んで口を開けている入口より建物の1階へ入ると、大理石張りのハマム兼シャワールームとなっていました。室内には温泉蒸気が充満しているため、外気よりはるかに温かく、雨風の冷たさに震え上がっていた私は、この温かさがとてもありがたく感じました。


 
更に奥には立派な内湯があり、大きな浴槽にたっぷり温泉が湛えられています。室内には真っ白な湯気とともに、温泉由来の石膏臭が漂っていました。訪問時のお湯の温度は37.9℃で、日本人にはかなりぬるめですが、寧ろ長湯するにはもってこい。寒さに震えていた私にとっては、この程度の温度であっても非常に温かく、まさに命の湯であり、水着に着替えてこの湯船に肩まで浸かった瞬間に「はぁ、生き返った…」と思わずつぶやいてしまいました。ここまでの苦労が一気に報われました。


 
湯船は1.5mほどの深さがあります。お湯は槽内より供給されており、プールサイドから溢れ出た後は、溝にコンモリ析出を付着させながら室外へ排湯されています。その排湯量から察するに、内湯への源泉投入量は結構多いようです。室内に漂う石膏臭から推測できるように、温泉中にはカルシウムが多く含まれており、排湯路のみならず、ステンレスの手摺にも瘤のような析出がこびりついていました。


 
内湯でしっかり体を温めた後に再び屋外へ出て、今度は露天温泉プールへ入ってみることに。
プールは大小に2分割されているのですが、槽内が水色に塗られている右側の大きな方はかなりぬるいので(体感で30℃未満)、明らかに入浴ではなく泳ぐためのものです。後述する小さな方から流れ込んでくるお湯を受けているため、その間にお湯がすっかり冷めてしまうのでしょう。尤も、水泳目的でしたらあまり温かくない方が良いので、私も体温を上げるために、先客のご夫婦と一緒にここでたっぷり泳がせてもらいました。
プールサイドから湖の方を見下ろすと、斜面の途中に温泉が溜まっている大きな湯の池を発見したのですが、そこで野湯できるのかな?


 
湖に向かって左側の小さなプールには温泉の投入口があり、張られているお湯は右側の大きな方よりはるかに高温です。側面の湯面上に湯口があり、そこで温度を測ったところ44.2℃と表示されました。上述のようにお湯からは石膏の匂いが漂ってくる他、口に含むと甘味を伴う石膏味と硬水味、そして意外にも明瞭な炭酸味が確認できました。湯口周りは成分付着によって赤茶色に染まっており、またプール内のお湯も僅かに白く霞んで見えました。


 
冷たい外気の影響なのか、投入時には44℃あったお湯は、湯船で39.1℃にまで下がってしまいますが、それでも体を温めるには十分であり、鮮度感もしっかり得られ、とっても良いお湯です。湯中での泡付きは見られませんが、トロミや引っかかる浴感が得られます。成分表示は確認できませんでしたが、カルシウムイオンと炭酸水素イオン・硫酸イオンを多く含んでいるものと推測されます。なお状況から考えるに、完全放流式の湯使いでしょう。一度浸かるとなかなか出られなくなるほどの良いお湯でした。



暮れなずむ湖と山間の小さな村を眺望する露天温泉プール。風の音とお湯の流れる音しか聞こえてこない、とても静かな環境です。あまりに素敵なロケーションなので、お湯を楽しみながらこの絶景をずっと眺めていたかったのですが、街灯も何もない真っ暗な中を乗りなれないバイクで一人で帰るのは危なっかしいので、後ろ髪を引かれる思いで、日没前にここを出発し、ギョレメへと戻ったのでした(帰路の峠に差し掛かるころには、とっぷり日が暮れてしまいましたが…)。

カッパドキア観光の際に時間があれば、こちらへ立ち寄ることをおすすめします。


GPS座標:N38.788722, E35.014548,


営業時間不明
入浴利用10リラ
備品類なし

私の好み:★★★
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イズミル発コンヤ行 夜行列車 後編

2015年01月18日 | トルコ
前回記事の続編です。

 
夜間はしっかり熟睡。翌朝6時ちょうどに目覚めてカーテンを開けると、既に車窓はぼんやり明るくなっていた。のどかな田園風景の中を快走。私が目覚めて最初に通過した駅はアクシェヒル(Aksehir)駅で6:20頃。既にコンヤ県へ入っているようだ。


 
 
私が乗った車両は最後部に連結されていたので、貫通路の窓から後ろへ流れ去ってゆく景色をひたすら眺めることができた。線路の両側に広がる中央アナトリアの果てしない大地には、まだうっすらと朝靄がかかっており、幾分眠たげであった。



朝6:30に食堂車へ行って朝食を求めたが、給仕係のデブッチョなおじさんが座席で鼾をかいており、とても営業できるような状況ではない。その場で立ち止まって逡巡していると、厨房にいた別のスタッフが私に気付いて曰く、列車が1時間遅延しているので営業開始も遅れるよ、とのこと。順調に運行されているのかと思いきや、1時間も遅れていたとは知らなかった。しかも食堂車の営業が遅延に合わせて後ろ倒しされるとは、なんともノンビリしているものだ。


 
仕方がないので一旦自分の個室に戻り、1時間後に改めて食堂車へ向かうと、まだ給仕のおデブさんはグースカ夢の中であったが、先程対応してくれた厨房スタッフは白衣に着替えており、私に笑顔で合図を送るや、手際よく朝食セットをととのえてくれた。
朝食の内容はチーズ・ハム類・オリーブの実・トマト・キュウリ・ゆでたまご・パンという至ってオーソドックスなもの。たしか10リラ程だったはず(記憶が曖昧)。でも列車の揺れを体に受けつつ車窓を眺めていただく食事の味は格別であり、味自体も決して悪くない。ハチミツやジャムもついてくるので、パンもおいしくいただけた。食後はチャイ(紅茶)でくつろぎのひととき。
朝に食堂車を利用する客は少ないのか、この時の客は私以外にお爺さんが一人だけであった。しばらく待てばコンヤの街に着くのだから、街中の飲食店で安くてしっかりとした食事を摂った方が良いと判断されているのかもしれない。


 
8時半を過ぎると、車窓が徐々に都市らしくなってきた。気づけば線路には架線柱が立てられている。近郊電車が走っている区間へ入ってきたのだろう。


 
線路が輻輳しはじめ、列車はスピードを落とし始めた。やがて線路の数はある程度に収束し…



定刻(7:57)より約1時間遅れの8:58にコンヤ駅へ到着した。
この武骨なディーゼル機関車が今回の列車を牽引してくれたわけだ。お疲れ様。


 
コンヤ駅ホームの上屋に設置された電光掲示の出発案内。隣のホームにはYHT(トルコ国鉄の高速鉄道)が停車しているが、この電光掲示によれば9:00ちょうど発のアンカラ行のようだ(表示の上から2段目)。既に出発時間を1分過ぎていたが、この画像を撮った1分後に発車していった。



 
夜行列車の乗客は足早に駅の構外へと去ってゆく。列車を一通り撮影し終えた私も、みなさんに遅れてコンヤ駅の外へと出た。
当初の計画ではこの駅前からドルムシュ(行き先が決まっている乗り合いタクシー)で街の中心部へ行き、そこからトラムへ乗り継いでオトガル(バスターミナル)へ向かう予定だったが、1時間遅れている上、まだ体が完全に目覚めておらず、乗り換え自体が億劫に感じられたのので、駅前で待機していたタクシーを利用してオトガルへ直行してもらった。外国のタクシーといえば何かと不安がつきものだが、私が乗ったタクシーの運ちゃんは愛想が良く、きちんとメーターを動かしてくれ、目的地まで最短距離で走ってくれた(私は不安症なので、タクシー乗車中でも地図で位置を確認しないと気が済まない)。


 
アグレッシヴな運転に身を委ねること約20分。9:30にオトガル(バスターミナル)へ到着した。タクシーは結構飛ばしてくれたが、それでも20分を要しており、駅とオトガルが非常に離れていることに驚いた。ネットの地図で調べたところ、両地点は11km近い隔たりがあるのだ。もし当初の計画通りにドルムシュとトラムを乗り継いでいたら、この次に乗る予定だったバスに間に合わなかったかもしれない。タクシーを選んで結果的に正解であった。
さて私はここから世界遺産カッパドキアの観光拠点となるギョレメ(Göreme)という街へ向かいたい。巨大な円形のターミナル内には、数え切れないほど多くのバス会社が窓口を開いており、しかもあちこちから客寄せの声がかかってくるので、どの会社の窓口にすべきか迷ってしまうのだが、ここでひと呼吸置いて冷静になってから、予めネットで調べておいた大手バス会社であるSÜHA社の窓口へ行ってみると、調べておいた通りに30分後の10:00に出発するカイセリ(Kayseri)行がギョレメでも途中停車するとのことなので、その場で即座にチケットを購入した。運賃は35リラ。
なおトルコには中長距離バス各社の時刻を検索するのに大変便利なneredennereye.com(リンク先は英語版)というサイトがあり、私も今回の旅では大いに活用させてもらったが、大手のキャミル・コチ社(Kâmil Koç)などこのサイトに提携していない会社も多く、SÜHA社もそのひとつであって、実際に"neredennereye.com"でコンヤ・ギョレメ間を調べても、10時発のSÜHA社の便は表示されない。バス路線を検索する際には"neredennereye.com"だけに頼らず、主要な大手バス会社の自社サイトも丁寧に調べた方が良さそうだ。


 
円形のターミナルは、手前半分がエントランスホールや各社の窓口で、奥側半分がバスの発着場。鉄道なんて比較にならないほど待合ホールには多くの人がおり、その外側の発着場にもたくさんのバスがズラリと並んでいる。トルコの交通の主役がバスであることを実感できる光景だ。
これだけのバスが並んでいると自分の乗るバスがわからなくなってしまいそう。発券窓口では係員のおじさんが「(乗り場は)22番だよ」と念入りに教えてくれた。


 
これがSÜHA社のカイセリ行。トルコではよく見かけるベンツのバスで、2+2のごく一般的なシート配列だった。7~8割近い乗車率でコンヤを出発。出発して30分ほどで、トルコのバスではお馴染みの車内サービスが開始された。会社によってサービス内容が若干異なるようだが、この時乗ったスーハ社はごく一般的なお菓子と紅茶(もしくはコーヒー)であり、その後ミネラルウォーターの配布も行われた。車内ではWifiも使えるみたい。


 
列車と同様、車窓には中央アナトリアの大地が果てしなく広がっている。はじめのうちはその雄大さに見惚れていたが、あまりに変化に乏しく何も無いので、次第に眠くなってしまい、いつの間にやら意識を失っていた。コンヤを出てしばらくは青空だったが、東へ進んでゆくにつれて雲行きが怪しくなり…


 
ギョレメ(Göreme)に着くと本降りの雨に見舞われてしまった。前々日にはパムッカレでも石灰棚を観光しているタイミングだけ雨にやられたが、平素から雨男を自認しているだけあり、ここでも天候には恵まれなかったようだ。なおギョレメ到着は13:40だから、乗車時間は3時間40分である。


 
ギョレメはカッパドキアの中央部にあたり、街全体が奇岩地帯であるが、当地に関しては余多の方々によって語り尽くされているので、温泉をメインとする拙ブログではカッパドキアに関する言及を控えたい。
なぜ私がカッパドキアへやってきたのか。もちろん誰もが知っている世界遺産の景色を目にすることも目的のひとつだが、当地周辺には温泉が湧いているので、そこでの入浴を果たしたいのだ。というわけで、次回記事でやっと拙ブログの趣旨に戻り、とある温泉を取り上げる。
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