※今回の記事も温泉は登場しません。あしからず。温泉は次々回以降から再開する予定です。
根っからの貧乏性なのか、ひとつの場所に落ち着いて腰を据えられない性格の私。2泊したプノンペン旅行においては、前々回および前回記事で取り上げた「キリングフィールド」や「S21(トゥール・スレン)」の訪問が主目的でしたが、それ以外にもプノンペンの街をチョコマカと動きまわって広く浅く散策し、東南アジアの雑踏と熱気に包まれていました。
公共交通機関がちっとも発達していないプノンペンの移動は、自分の足でひたすら歩いた他、バイクタクシーを多用しました。バイクタクシーとは東南アジアでよく見られる移動手段であり、スクーターの後ろにタンデムさせてもらって目的地まで移動するものです。特に表示や制服などはなく、みんな白タク営業みたいなものですから、見慣れないうちは誰がバイクタクシーなのか見分けが付かなかったのですが、交差点の角や人がよく集まりそうな施設の前で、スクーターを止めながら通行人に視線を送っている人は大抵バイクタクシーであり、いかにも「乗らねぇか」と言わんばかりのアイコンタクトを送ってくるので、小一時間街歩きをするうちに判別できるようになりました。バイクにメーターなんかありませんから、乗車前に値段を交渉する必要がありますけど、市街の移動では1ドルで交渉成立。数は多いし気軽に使えたので、かなり重宝しました。
下の動画は、バイクタクシーから見るプノンペンの街並みです。
バイクタクシーと自分の足を使い分けながら、街のあちこちをせわしなく逍遥した記録を、簡単に綴ってまいります。
●王宮付近からカンダル市場にかけて
市街の中心部に位置する、アーティチョークを茶色く塗って巨大化させたような塔は、カンボジアがフランスから独立したことを記念して1958年に建てられた独立記念塔(なお国としての独立は1953年)。塔の周りは大きなラウンドアバウトになっており、バイクや車が隙間を縫うように入り乱れながら、グルグル回っていました。この画像はロータリーを回るバイクタクシーに乗りながら撮ったものなので、被写体が斜めになってしまいました。
この独立記念塔の近くには、共産国家みたいな妙にイデオロギー的臭いを漂わせる看板が立てられており、そこに記されていた言葉は全てクメール語表記だったので、意味がチンプンカンプンだったのですが、よく見ますと1953年や2013年という年とともに、独立記念塔と若き日のシハヌークと思しき肖像が描かれていますので、おそらく独立60周年を記念した装飾なのかと思われます。
プノンペン随一の観光スポットである王宮とシルバーパゴタ。名所であるらしいので、私も入場してみましたが、敷地内は中国大陸からやってきた団体客でごった返しており、騒々しさにうんざりして、早々に退散…。漠然と「広くて埃っぽかったな」と記憶しておりますが、具体的に何を見学してどんな感想を抱いたのか、よく憶えていません…。
私が街歩きをする上で最も好きなスポットは、庶民の生活と街の活気がダイレクトに伝わってくる市場です。地図を確認したところ、王宮の北側、私が宿泊しているホテルの近くにカンダルマーケットという市場があるらしいので、王宮を出た後はその市場へ歩いてみることにしました。下の動画はその際に撮影したものです。
市民の生活を支えるこのカンダル市場には、生鮮食料品はもちろんのこと、生活雑貨からバイクの部品に至るまで、実に多種多様なものが商いされており、活気に満ち溢れていました。後述するセントラルマーケットは外国人観光客も多く訪れていましたが、こちらに観光性は無く、生活色一色といった感じです。衛生観念をあまり気にしない小汚い環境と、無駄な愛想を振らずにマイペースで商売している店の人のユルさに、なぜか心の安らぎを覚える私。普段の東京での仕事に、相当疲れているのかな。
●セントラルマーケット
普段の拙ブログでは温泉をハシゴしていますが、この街では市場をハシゴしてみましょう。カンダル市場から西へ1km弱歩くと、フランス植民地時代に開設されたプノンペン最大のセントラルマーケットに辿り着きます。
明り採りの小窓が連続している、中央の黄色いドームがこの市場のシンボル。ドームの下では貴金属や時計、そして携帯などの電子機器が売られていました。広い構内には小規模な店舗が所狭しと並んでおり、似たようなお店が延々と続いているので、迂闊に奥へ奥へと踏み入れたら、方向感覚を失ってしまいました。このマーケットでは外国人観光客も多く訪れており、貴金属類を手に取って商談する光景が見られましたが、こんな市場で売っているものって本物なのかな。
市場といえば生鮮食料品。ご覧のように品揃え豊富。店頭には蔬菜や魚介などみずみずしい食材がどっさり積まれていました。東南アジアらしく香辛料もたっぷり。ポル・ポトの時代やその後の内戦時には、食糧生産が激減してみんな食うに困っていたわけですが、これだけたくさんの食料が店頭に並ぶようになったのですから、まだまだ国としては貧しいのかもしれませんが、昔と比べたらはるかに良い時代になったのでしょう。
市場をウロウロしているうちに日が傾き始め、お腹もすいてきたので、市場内の屋台で地元の人と溶け込みながら、目玉焼き付きのローチャー(カンボジアの焼うどん)とイカ焼きを夕食にしました。東南アジアの旅に、安くて美味い屋台飯は欠かせませんね。味は可もなく不可もなくといったところ。そこそこ美味かったかな。
上画像はセントラルマーケット西側の大きな交差点。往来が非常に激しく、バイクの波に呑み込まれになりました。街に漲る上昇気流のようなパワーが伝わってきます。
思いのほか内容が長くなりそうなので、この続きは後編へ。
根っからの貧乏性なのか、ひとつの場所に落ち着いて腰を据えられない性格の私。2泊したプノンペン旅行においては、前々回および前回記事で取り上げた「キリングフィールド」や「S21(トゥール・スレン)」の訪問が主目的でしたが、それ以外にもプノンペンの街をチョコマカと動きまわって広く浅く散策し、東南アジアの雑踏と熱気に包まれていました。
公共交通機関がちっとも発達していないプノンペンの移動は、自分の足でひたすら歩いた他、バイクタクシーを多用しました。バイクタクシーとは東南アジアでよく見られる移動手段であり、スクーターの後ろにタンデムさせてもらって目的地まで移動するものです。特に表示や制服などはなく、みんな白タク営業みたいなものですから、見慣れないうちは誰がバイクタクシーなのか見分けが付かなかったのですが、交差点の角や人がよく集まりそうな施設の前で、スクーターを止めながら通行人に視線を送っている人は大抵バイクタクシーであり、いかにも「乗らねぇか」と言わんばかりのアイコンタクトを送ってくるので、小一時間街歩きをするうちに判別できるようになりました。バイクにメーターなんかありませんから、乗車前に値段を交渉する必要がありますけど、市街の移動では1ドルで交渉成立。数は多いし気軽に使えたので、かなり重宝しました。
下の動画は、バイクタクシーから見るプノンペンの街並みです。
バイクタクシーと自分の足を使い分けながら、街のあちこちをせわしなく逍遥した記録を、簡単に綴ってまいります。
●王宮付近からカンダル市場にかけて
市街の中心部に位置する、アーティチョークを茶色く塗って巨大化させたような塔は、カンボジアがフランスから独立したことを記念して1958年に建てられた独立記念塔(なお国としての独立は1953年)。塔の周りは大きなラウンドアバウトになっており、バイクや車が隙間を縫うように入り乱れながら、グルグル回っていました。この画像はロータリーを回るバイクタクシーに乗りながら撮ったものなので、被写体が斜めになってしまいました。
この独立記念塔の近くには、共産国家みたいな妙にイデオロギー的臭いを漂わせる看板が立てられており、そこに記されていた言葉は全てクメール語表記だったので、意味がチンプンカンプンだったのですが、よく見ますと1953年や2013年という年とともに、独立記念塔と若き日のシハヌークと思しき肖像が描かれていますので、おそらく独立60周年を記念した装飾なのかと思われます。
プノンペン随一の観光スポットである王宮とシルバーパゴタ。名所であるらしいので、私も入場してみましたが、敷地内は中国大陸からやってきた団体客でごった返しており、騒々しさにうんざりして、早々に退散…。漠然と「広くて埃っぽかったな」と記憶しておりますが、具体的に何を見学してどんな感想を抱いたのか、よく憶えていません…。
私が街歩きをする上で最も好きなスポットは、庶民の生活と街の活気がダイレクトに伝わってくる市場です。地図を確認したところ、王宮の北側、私が宿泊しているホテルの近くにカンダルマーケットという市場があるらしいので、王宮を出た後はその市場へ歩いてみることにしました。下の動画はその際に撮影したものです。
市民の生活を支えるこのカンダル市場には、生鮮食料品はもちろんのこと、生活雑貨からバイクの部品に至るまで、実に多種多様なものが商いされており、活気に満ち溢れていました。後述するセントラルマーケットは外国人観光客も多く訪れていましたが、こちらに観光性は無く、生活色一色といった感じです。衛生観念をあまり気にしない小汚い環境と、無駄な愛想を振らずにマイペースで商売している店の人のユルさに、なぜか心の安らぎを覚える私。普段の東京での仕事に、相当疲れているのかな。
●セントラルマーケット
普段の拙ブログでは温泉をハシゴしていますが、この街では市場をハシゴしてみましょう。カンダル市場から西へ1km弱歩くと、フランス植民地時代に開設されたプノンペン最大のセントラルマーケットに辿り着きます。
明り採りの小窓が連続している、中央の黄色いドームがこの市場のシンボル。ドームの下では貴金属や時計、そして携帯などの電子機器が売られていました。広い構内には小規模な店舗が所狭しと並んでおり、似たようなお店が延々と続いているので、迂闊に奥へ奥へと踏み入れたら、方向感覚を失ってしまいました。このマーケットでは外国人観光客も多く訪れており、貴金属類を手に取って商談する光景が見られましたが、こんな市場で売っているものって本物なのかな。
市場といえば生鮮食料品。ご覧のように品揃え豊富。店頭には蔬菜や魚介などみずみずしい食材がどっさり積まれていました。東南アジアらしく香辛料もたっぷり。ポル・ポトの時代やその後の内戦時には、食糧生産が激減してみんな食うに困っていたわけですが、これだけたくさんの食料が店頭に並ぶようになったのですから、まだまだ国としては貧しいのかもしれませんが、昔と比べたらはるかに良い時代になったのでしょう。
市場をウロウロしているうちに日が傾き始め、お腹もすいてきたので、市場内の屋台で地元の人と溶け込みながら、目玉焼き付きのローチャー(カンボジアの焼うどん)とイカ焼きを夕食にしました。東南アジアの旅に、安くて美味い屋台飯は欠かせませんね。味は可もなく不可もなくといったところ。そこそこ美味かったかな。
上画像はセントラルマーケット西側の大きな交差点。往来が非常に激しく、バイクの波に呑み込まれになりました。街に漲る上昇気流のようなパワーが伝わってきます。
思いのほか内容が長くなりそうなので、この続きは後編へ。