(映画マザー メイキング映像)より
画面は冒頭、林に囲まれた白い中層ビルと上空を舞うカラスの群れを映し出す。
つづいて片岡愛之助演じる楳図かずおが、病院のベッドで今しも息をひきとろうとする母イチエ(真行寺君枝)を看取る場面に変わる。
「お母さん どうぞ僕をあなたの好きなようにしてください」
映画マザーの重層的なモチーフを貫く絶叫が、死の病室に響き渡る。
息が途絶えた母の様子に、楳図があわてて看護師を呼ぶ。
とたんに、集まってきたカラスが病室の窓ガラスを掠めるように飛び交い、カーカー、ギャーギャーと凄まじい鳴き声で騒ぎ立てる。
ヒッチコックの名作「鳥」を彷彿させる場面だが、日本独自の言い伝えである<鴉鳴きが悪い>が意識の深層にあって、恐怖の質に違和を感じることはなかった。
むしり取った女性の頭髪や床の血液など、ホラーの常套手段も使われてはいる。
しかし、異変の予兆を孕んだまま、楳図のファンである編集者若草さくら(舞羽美海)が現れるあたりから、この映画の雰囲気が現実味を増していく。
さくらは楳図漫画の恐怖の源が母親にあると直感し、生まれ故郷の和歌山県と移り住んだ奈良県にまたがる山奥の村まで取材に訪れる。
あらかじめ連絡を取っておいた楳図の親族に当たる青年が、さくらの求めに応じて案内してくれる。
母イチエゆかりの場所をめぐるうちに次々と怪奇現象が起こり、廃墟と化したイチエの生家へは案内を引き継いだ親族の娘さんが連れて行く。
「ほら、あそこよ」
怖々と指さし教えるが、自分は家の中に入ろうとしない。
いよいよ恐怖の始まりである。
映画マザーの終盤まで間断なく展開するホラー現象を、ここで取り上げるつもりはない。
それよりも、編集者若草さくらが突き止めようとする楳図かずおの出生の秘密が、徐々に明らかになる過程が興味深い。
そもそも脚本・監督の楳図さんが言うには、作中の母親イチエの設定はフィクションだそうである。
それはそうだろう。
実際にこのような怪奇現象を引き起こす母親だったら、子供だって安泰ではいられない。
つまり、楳図かずおの自叙伝を装いながら、ストーリーはもとより自分の母親像まで力技で創り上げたのである。
普通の感覚だったら躊躇するところで、楳図さんは怯まなかった。
作家の業と言おうか、覚悟のほどが伝わって来る。
そういう面から、映画マザーの一番の恐怖は、楳図かずおの精神構造にあるのかもしれないと思った。
これから観る方のために敢えて伏せておくが、母親イチエの秘密は楳図本人の出生の秘密でもあるのだ。
あらためて、このような設定を辞さない作家楳図かずおの勇気に圧倒された。
最後に、フィクションとは言え動機の一端に真実のかけらはなかったのかと疑う気持ちがないではない。
まさに下衆の勘ぐりだが、そう思わせるパワーがロケ地の山合に潜んでいる。
編集者若草さくらが滝壺の傍らで視た幻想とも真実ともつかない映像の中に、人間と自然が紡ぎ出す潜在意識の凄みが伝わって来る。
どことなく文学の匂いがする映画を観て、ぼくとしては満足している。
(おわり)
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内容はレポートの通りですが、この映画と同様に、身近な日常の中にも「妄想と正気の合間」にある人間の怖さが目立ってきています。
ぜひ観賞のご感想をお聞かせください。
ありがとうございました。
このエッセイからも怪談的怖さだけではなく、人間存在の怖さまで描かれているらしいことがよく伝わってきました。
ぼくも早く観に行かなくちゃ