我がブログの歳時記の常連、福寿草が早くも淡い緑の頭を覗かせてきたのでアップしてみた。この地に居を構えて間もなく郷里の庭に咲いていた株を分けて移植したものである。
可愛い芽たちを観て、普段あまり想い出すことも少ない亡父のあり日の姿が浮かんできた。晩年の父が、あれもこれもと勧めてくれた物の一つである。そのほかに赤松、ツゲ、馬酔木、、、etc.と。
あれから来たる新年には50年となるが、この長寿の福寿草も、それを祝福するかのように旧お正月の頃は満開になることだろう。
我がブログの歳時記の常連、福寿草が早くも淡い緑の頭を覗かせてきたのでアップしてみた。この地に居を構えて間もなく郷里の庭に咲いていた株を分けて移植したものである。
可愛い芽たちを観て、普段あまり想い出すことも少ない亡父のあり日の姿が浮かんできた。晩年の父が、あれもこれもと勧めてくれた物の一つである。そのほかに赤松、ツゲ、馬酔木、、、etc.と。
あれから来たる新年には50年となるが、この長寿の福寿草も、それを祝福するかのように旧お正月の頃は満開になることだろう。