差塩と趣味の世界

故郷 福島差塩の想い出と徒然なる盆栽奮闘記

雨水の有効活用

2024年01月21日 | うんちく・小ネタ

 このところのカラカラに乾燥しきった庭に、昨夜からの雨でしっとりとした風情を見ることが出来る。池を見るとミニもふくめて三つとも満水、ミニ湿地は水びだしとなる。久しぶりの大雨である。

 ところで、我が街では雨水の有効活用と言うことで雨水タンクを設置している家庭が散見される。市でも雨水タンク設置助成金を出し積極的に勧めていることも大いに関係しているのかもしれない。我が庭の池は、雨水タンクのような物で二つの雨樋からい池に流れるようにしている。金魚やメダカに歓ばれるばかりでなく時に草花にもあげたりしている。災害時には,池の水を汲んでトイレに流すことも出来る。設置助成制度前から雨水の有効活用してきたのである。表彰もの、、、である。 

 


同じく実生で育てたのだが、、、

2024年01月20日 | うんちく・小ネタ

 実生で育てた懸崖の梅たち、どうしたわけか今年も開花に差が出ている。手前の木は3分咲きと言うところだが、あとの3本はのんびりしている。ここ数年は何時もそうなのである。若木の頃は,揃って開花したのだが何故その原因が分からない。実生で30年近くなるので同じ環境の中でも個性が出るのであろうか、、、、?

 

 こうしてブログを記していると、立派な邸宅を売却し賃貸住宅でひとり住まいを始めたAさんから電話でのお誘い「お茶でも飲みませんか」との声がかかる。町内から離れたが,都の里山公園をぬけて歩いて30分ほどの所である。集いの行事の計画など語らいもある出かけよう。


多摩湖周遊道路が、、、

2024年01月19日 | うんちく・小ネタ

 散歩コースの一つ多摩湖周遊道路沿いの林,今大きく変わろうとしている。というのはフェンス際の木々が,軒並み伐採されようとしているからである。昨日その様を撮ってみたのでアップしてみた。

 夏は,木々が覆い日陰を作り涼しさを求める路である。涼を求める場所を提供し、強風から護る働きもある木々たちである。水道局(?)の事業の管理上のこともあってのことだろうが,幾星霜とかかって伸びた大木が、伐採される光景は寂しいものがある。新緑に萌える美や紅葉の彩りを愉しんだ爺としては残念でならない。 数種の山ザクラの大木も、山モミジの大木も姿を消すのか、、、、


サツキ「山の光」の養生

2024年01月18日 | うんちく・小ネタ

 兄が老人ホームに入居する際、サツキ盆栽を10鉢ほど預かり、残りは街の方々に引き取っていただいた。預かった中で「山の光」だけが元気がなく次々と大きな枝が枯れてしまった。兄が可愛がっていた木である。枯らしてしまっては申し訳ない。思いきって切り詰めアップしたような形で今養生しているのである。花芽も10数個附いたので愉しみにしていたが、今朝見ると芯喰い虫の被害にあい、触るとぽろぽろ落ちてしまうのである。その様をアップしてみた。

 山の光は、薄い柿色地に大小の絞りや、覆輪、白色といろいろ咲き分ける木である。旅立った兄も愉しみにしていることだろう。なんとしても養生しこの春は無理でも来年は見事に咲かせ、いずれしっかりとした盆栽に仕上げていこう。何年かかるかな、、、??


植物たちの暦(こよみ)

2024年01月17日 | うんちく・小ネタ

 我がブログの歳時記の一つに福寿草がある。先日芽を出し始めた様をアップしたが,今朝見ると芽の先に黄色い花弁を覗かせ始めている。因みに昨年の今ブログをブログをめくってみると1日違いだが、下段にアップしたように全く同じような姿をしている。

 彼らなりの生育の暦があり、それに従って花を咲かせ、実を付け、、、、と言うサイクルでその生を営んでいる。それに引き換え人様は暦を発明しそれに従って生活を営んでいるが、環境を変えて時に季節の移ろいを感じさせずに生活することもある。

 暖房の効いた室内に閉じこもることなく、外に出て植物たちのかれらなりの生育暦にしたがった営みを観て廻ろうか。


霊峰富士山の遠望 №X

2024年01月16日 | うんちく・小ネタ

 富士山は、新雪で覆われ白く輝く今の姿が一番神々しさを感じさせる。アップしたのは,昨日の午前中散歩コースの一つ都の里山公園の中で見た姿である。

 ところで、この霊峰を遠望できる都道府県は22府県もあるそうだが,一番遠くの地は和歌山県那智勝浦町で距離にして322,9㎞と言う。震災で大変な思いをされている石川県や福井県からもところによっては遠望できると言う。できることなら暫しこの霊峰を遠望し心穏やかになってほしいものである。そうした余裕など無いことは分かっているが、日本人にとって富士山は豊かな感性を生む大きな存在であり続けるのだから、、、。


楽しみなサツキたち

2024年01月15日 | うんちく・小ネタ

 一年間世話をしてきたサツキたち。今年はどの木も花芽をしっかりとつけている。これから開花まで芯喰い虫の発生に気をつけて見事に咲かせようと思っている。アップしたのは、株立ちで育てている晃山の花芽である。

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 さて今日は1日15日、私どもの世代では成人の日であった。あの苦い想い出の日でもある。仕送りが滞りがちな苦学生、上野発の夜行列車に乗って帰省し成人式に参加などとは到底無理、汽車賃が勿体ない。学生寮で屯すること無くアルバイト三昧であった。当日は,今は無き神田青果市場の夜警を確かしていた。

 今では想像も付かないが,当時は市場周辺では浮浪者がたむろしていて青果の箱をこじ開けて盗られる被害がありパトロールをしなければならなかったのである。夜警のバイト代は幾らだったか忘れたが,撮影所のバイト代(長時間勤務で800円)に次いで高かったように思う。魅力的だが,このパトロールは、寒さと睡魔との戦いでもあった。時に、高く積まれた箱に隠れて休んでいるとアルバイトを取り仕切る方が見回って来てしかられたりした。

 着飾って将来を明るく語る若者を見る度に,爺は回想するシーンとなるのである。


赤松の世代交代

2024年01月14日 | うんちく・小ネタ

 都の里山公園には、助けた松(以前に何回もアップした)のその後見るため時々訪れる。助けた木は元気いっぱいだが,隣では高さ7,8㍍もあろうかという大木が,松枯れ病に侵されたのか黄葉していた。間もなく朽ちることだろう。

 一方では、赤松林の再生を願って関係者が、今年も地を這うようにして小さな小さな数㎝の幼い苗を見つけ一本一本リボンをつけた棒を立てていたので撮ってみた。松枯れ病も一時ほどの勢いはなくなったが,早く収っててほしいものである。すくすく芽を出してきた幼苗を見てそう願うのである。

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 昨日、集いの先輩Wさんが旅立たれたとの知らせを受ける。老人会の会長時代、何かと助言を頂いた方である。戦前・戦後の苦難の時代を語り合える世代である我々は,後世に残そうと一年間にわたって語り合い、記録し一冊の本「湖畔の轍」として出版出来たのも先輩の大きな支えがあったからである。ひとりまたひとりと旅立たれるのも世の常であろうと知りつつも、なんとも寂しい限りである。ご冥福を祈ろう。

 


元気いっぱいのオンシジューム

2024年01月13日 | うんちく・小ネタ

 何十年も可愛がっていた黒松の盆栽、枯れてしまったのでその株を2つに分けて利用している。アップしたのは,オンシジューム一方の株に着生させた様である。

 ぬくぬくとした暖かい室内で元気いっぱいである。新芽の数を数えると8本も出ている。液肥でなく油かすの効果が出てくれているのかもしれない。花期の頃は,たくさん花をつけてくれるであろう。 枯れた黒松も思いがけないご奉公に歓んでいることだろう。

 さてさて、今日は午後からくずれるという。午前中に買い物がてら歩いて来ようか。目標の7,000歩になるまで、、、。


パンジーの復活

2024年01月12日 | うんちく・小ネタ

 今朝はバケツの水が凍っていた。寒いわけである。鉢植えのパンジーもその寒さに凍え,すっかり萎れてしまっている。だが、耐寒性の強いパンジー、陽の光を浴びいてアップしたように元気を取り戻し何事もなかったかのように咲き誇るのである。その復元力の様を見て爺は肖りたいと思うのである。

 寒さに弱い西洋蘭やブーゲンビリア、月下美人などは室内に取り込み春を待っている。こうした植物は戸外に置けば一夜にして枯れてしまうのだが、その違いは何がどう異なるのだろうか。