相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

日本で最初のプロテスタント教会として設立の「横浜海岸教会」

2023-04-25 07:33:41 | 教会
横浜市中区日本大通り「開港資料館」を東側より出た、開港広場の一各に明治5年(1872)に設立された日本で最初の「プロテスタント教会」、正統的な「キリスト教信仰」にもとづく「横浜海岸教会」はある。明治8年(1875)に献堂された最初の建物は関東大震災で倒壊・焼失した為、1924年に木造の仮会堂、昭和8年(1933)献堂されたものである。白壁に上部にローソクの炎を模る縦長の窓が整然と並びゴシック様式の尖った三角屋根の鐘塔が印象的である。2014年大改修工事実施後、再びゴシック・モダンが蘇り優美な教会となった。会堂の内部は礼拝堂正面講壇と両サイドの扉のテューダーアーチ、縦長窓の三葉形アーチ、吹き抜け窓の反り曲線アーチ、ロビーステンドグラスの半円アーチなど、様々なアーチが組み合わされただけの殆ど装飾のない簡素な空間となっている。(2304)
 
 
 
 
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日本基督教団「平塚富士見町教会」白と赤の美しい会堂外観!!

2022-07-15 07:59:32 | 教会
平塚市富士見町2-1、平塚総合公園近く61号線左側に1998年に完成した教会らしく、また地域に溶け込むようなデザインとなっている日本基督教団「平塚富士見町教会」の会堂が視界に入ってくる。シンプルだがいかにも聖堂らしい外観である。当教会は日本基督教団に属する、改革長老教会の伝統を持つ、プロテスタントのキリスト教会である。「植村正久」が創立以来38年間に亘り牧師をつとめ、富士見町教会の基礎を築いた。はじめは麹町一番町にあった教会は明治39年(1906)に富士見町に移り名前も変わった。「植村正久」は1858(安政4)年-1925(大正14)幕臣に生まれキリスト教へ。「1500石の旗本」だった植村家は大政奉還で没落。少年正久は父母と共に横浜に移り英学を学ぶために入った塾でキリスト教に触れ、1873年(15歳)、生まれたばかりの日本最初のプロテスタント教会・日本基督公会で宣教師J.H.バラから受洗の経緯を持つ。外庭は夾竹桃が咲き白の赤の均整の取れた会堂である。(2207)
 
 
 


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日本基督教団「鎌倉雪の下教会」清楚な佇まい!!

2022-06-23 07:26:19 | 教会
JR鎌倉駅から最も近い場所:鎌倉市小町に1917年伝道開始の日本基督教団に所属しているプロテスタント教会「カトリック鎌倉雪の下教会」(Catholic Yukinosita Church)はある。聖堂外側正面の壁画にはモザイク像を写した「絶えざる御助けの聖母」に捧げられた教会、カトリック横浜司教区・神奈川第4地区の聖堂=カテドラルである。この教会は1948年にカナダよりレデンプトール会の3人の神父が横浜港へ到着し、6月20日に「雪の下教会」を創始。1950年には敷地内に横須賀清泉小学校分校が開校、聖歌隊発足。1958年には新聖堂竣工した。1959年にグロリア少年合唱団発足。2008年に横浜教区に移管され現在に至っている。本教会は鎌倉駅から徒歩約5分の段葛の鶴岡八幡宮通りに面した鎌倉彫会館隣りにあり建物はエンジの石材で覆われ、右横の頂の銀色の十字架も脇のステンドグラスも含めて鎌倉の風景に溶け込んでいる。「日本らしい寺院を意識して設計された」と言うだけに和風で清楚な佇まいを感じさせる。(2206)
 
 
 
 

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白亜の聖堂が美しい「小田原ハリストス正教会・聖神降臨聖堂」

2022-05-15 13:46:31 | 教会
小田原市栄町に聳える塔がひときわ美しい白亜の木造の聖堂「小田原ハリストス正教会・聖神降臨聖堂」がある。日本ハリストス正教会はキリスト教の教会で、自治独立が認められている正教会所属教会の一つである。千代田区神田駿河台の「ニコライ堂」(正式名称は東京復活大聖堂)が府主教座である。東方正教会とも呼ばれキリスト教が生まれた中近東を中心にギリシャ、東欧から、ロシアへ広がった。日本へは江戸時代末期、函館のロシア領事館付きの司祭として来日した「ニコライ」によって伝道された。「小田原教会」は1877年に聖ニコライ大主教が神父であった時に洗礼を受けた「イオナ友田清兄」「イオシフ峰義準兄」によって始められた教会である。2年後には信徒たちの聖堂を建てたいという思いから始めた募金活動によって1887年には白亜の木造の聖堂が建立された。最初の聖堂は関東大震災のときに焼失後、塔ノ沢にあった小聖堂が1937年購入した土地(栄町)に小田原教会は移築された。1969年には現在の「聖堂」が建てられ1983年には「信徒会館」と「司祭館」が新築され、現在の美しい白亜の聖堂となった。(2205)
 
 
 
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路地裏の教会と呼ばれている「カトリック小田原教会」

2022-05-08 09:29:05 | 教会
小田原市栄町4丁目、JR小田原駅徒歩数分、車通り道から、脇道に逸れた住宅街の一画の広い敷地に路地裏の教会と呼ばれている「カトリック小田原教会」がある。10mほどの緑色に近い青銅色の塔がひときわ目を惹く美しい教会である。当の右側にはミサを行う広い部屋がある白い壁に赤い屋根の2階建ての美しい教会の建物がある。カトリック小田原教会は昭和6年(1931)に献堂され90年近く経過しているが創建当初の姿のままで現在も飾らない美しさとやすらぎに満ちた木造建築の教会堂は管理がよく外観だけでも見る価値がある歴史的建造物である。教会はすべての人に開かれた祈りの空間、誰でもいつでも、心静かにお祈りすることができるとある。カトリック教会(ラテン語: Ecclesia Catholica)は、ローマ教皇を最高指導者として全世界に13億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派。その中心をローマの司教座(聖座、ローマ教皇庁)に置くことから「ローマ教会」あるいは「ローマ・カトリック教会」とも呼ばれる。(2205)
 
 
 
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