小田原市浜町に京都「知恩院」末、浄土宗寺院の「湘王山誓願寺」は鎮座している。鎌倉光明寺の学徒攝果(永禄12年=1569寂)が攝取院誓誉妙香尼及随逐の尼妙祐から運慶作「阿弥陀如来」を譲り受け本尊として創建した。500年近い寺歴を有する。永禄6年(1563)殿堂落成。大正12年(1923)の関東大震災により「三乗寺」と「誓願寺」が合併し現寺号に改称した。「山門」より入山すると境内正面に鉄筋コンクリート造りの2階建ての「本堂」、閻魔堂、薬師堂、鐘楼などの堂宇が建ち並んでいる。また墓域墓地には慶応4年(1868)6月に自刃した小田原藩家老岩瀬大江進(勇乗院秋月円明居士=牛久保六騎の一人でのち幕臣となった三河岩瀬氏と同族で、慶応戊辰小田原戦役に人見勝太郎が旧幕府軍の脱兵を集めて編成した遊撃隊に佐幕論者の墓と謙斎中垣秀實撰文による岩瀬大江進の碑がある。当寺は「足柄三十三観音霊場19番札所」である。境外に「観音堂」がある。足柄33観音霊場は旧足柄郡域にある浄土宗寺院34ヶ寺により構成される観音霊場で大正時代に西念寺北邨謙成住職と無量寺小島ヒサ女が推進役となり33ヶ寺で開創、平成12年に「本還寺」を含め34ヶ寺となった。(2305)
足柄33観音霊場19番観音堂
足柄33観音霊場19番観音堂
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