伊東良徳の超乱読読書日記

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考証福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか

2014-08-11 01:30:33 | 自然科学・工学系
 長年日本原子力研究所(原研)、旧科学技術庁の原子力安全顧問、経産省の原子力発電技術顧問等で、原子力発電を推進してきた(有馬朗人氏の「発刊によせて」によれば「我が国が誇る原子力安全工学の第一人者」とされる:3ページ)著者が、福島原発事故の事故の進展や現象の解釈について「大体解明できた」(10ページ)として、炉心溶融と水素爆発のメカニズムを考証し、総合的な原子力の安全と福島の復興についての見解を述べた本。
 著者自身が「本書の最大の目的は第一部に凝縮されていますので、ここをじっくり読んでいただければと思います」(10ページ)という第一部で、福島原発の1号機から4号機の事故の進展、炉心溶融と水素爆発の経緯についての著者の見解が述べられています。
 著者の指摘の特徴は、日本の原子力関係者の現役世代(著者は「若者たち」と呼んでいますが)がTMI(スリーマイル島原発)事故やチェルノブイリ原発事故を十分に学ばずコンピュータによる解析に頼りすぎていることへの批判と、その指摘を反映してこの本では解析によらずに実測データの変化を自己の仮説で説明しその一部は著者が「目の子計算」と呼ぶ手計算で示しているところにあります。このサイトをご覧になる方はたぶんご存じの通り、著者と私は原発について真逆の立場にありますが、私は、著者のこの方法論的な姿勢については好感を持っています。コンピュータ解析について著者が「今回の事故は極めて複雑で、事前に頭の中で作られた計算コードの内容に含まれていない現象が多く含まれています。従って、計算結果は事故現象とあまり一致していません。無理に一致させようとしてインプットをチューニングすると、事故全体の整合性が成り立たなくなります。」「明快な説明ができない理由は、事故現象についての物理化学的な現象を解明しないまま、コンピュータの計算に頼るひ弱い解明方法にあります。」(9ページ)と指摘しているところは、私もその通りと考えています。また手計算での裏付けは、大筋の方向性の正しさを示しかつ第三者が検証しやすいことからも、望ましいものと考えます。過去の原発訴訟でも私は基本的に手計算(といっても表計算ソフトは使いますが)の裏付けを示すようにしてきました(国側からは解析コードがブラックボックスの上にインプットデータも示さない解析結果が述べられるだけで、概要計算が示されたことは一度もありません)。
 そして、著者が、TMI事故の調査検討と実験施設での燃料棒溶融実験の結果から燃料被覆管の酸化皮膜のために崩壊熱による燃料溶融は簡単でないとして、福島原発事故でも燃料棒が露出してすぐに崩壊熱で炉心溶融が生じたとするのは誤りで、燃料露出後長時間が経過して燃料温度がかなり高温になった後に消防車による注水があってその水によってジルコニウム-水反応が激しく起こりその発熱で炉心溶融に至った、炉心溶融の時期は東電の解析よりも相当程度遅いと主張することも、私は一つのありうる仮説と考えます。長らく炉心溶融を否定し続けた東電が、炉心溶融を認めるやあっという間に炉心溶融とメルトスルーが発生したという解析(それはある意味で事故発生後は何をやっても防げなかったということにつながり、事故後の対応を正当化するものでもあります)を発表したときに、直感的にではありますが、これはいくら何でも速すぎると私も考えましたし。もちろん、炉心溶融の経過・時期等については具体的な証拠が足りず未解明で、著者の主張も一つの仮説としてありうるというだけですが。
 さて、著者が一番重要という第一部で最も残念な点は、水素爆発の経過と原因です。著者は、1号機と3号機の水素爆発について、炉心でのジルコニウム-水反応で発生した大量の水素が格納容器の蓋を持ち上げてフランジ部から格納容器上部とコンクリート建屋の間の狭い空間(原子炉ボールト)に吹き出してボールト部の圧力が上昇して遮蔽プラグを持ち上げてその隙間からオペレーションフロアに吹き出すとともに、持ち上げられた遮蔽プラグが落下した際に火花が生じてそれが着火源となって水素爆発が生じたとしています(113~114ページ、148~152ページ、174~176ページ、184~186ページ、196~197ページ)。著者の主張は、原子炉ボールトと遮蔽プラグの間には隙間がなく、格納容器フランジ部から原子炉ボールトに吹き出した水素が隙間から漏洩することはなく遮蔽プラグを持ち上げるほど高圧になることを前提としています。著者の説明と掲載されている151ページ(チェルノブイリ原発の遮蔽プラグ)と196ページ(福島原発1号機から3号機の遮蔽プラグ)の図や遮蔽プラグの厚さを約2メートルとしていること(113ページ、114ページ)からすると、著者はどうも福島第一原発1号機、3号機の遮蔽プラグがチェルノブイリ原発同様一体(1枚)のものと考えているように見受けられます。しかし、福島第一原発では、遮蔽プラグ(シールドプラグ、コンクリートハッチとも呼ばれます)は3層に分かれて各層の厚さは60cmほどで、各層の間に10ミリ程度の隙間がある上に各層が3枚で構成されています(3号機についての東電の説明図と写真がこちら、6号機についてですが取り出し中の写真がこちら)。水素はそれらの多数の隙間からオペレーションフロアに漏洩していったと考えるのが素直だと思います。TMI事故やチェルノブイリ事故に学ぶことは大切ですが、福島原発事故では当然TMIやチェルノブイリとは違う点が多数ある訳で、そこを十分調査検討しないで無理に同じとされては困ります。また、著者の主張は、1号機では5階(オペレーションフロア)のみで爆発が生じたことを前提としています(著者はそれを「推理の鍵の一番手」としています:174ページ)。しかし、1号機では5階だけでなく4階でも水素爆発が発生していることは、4階での各種のものの変形の方向等から明らかと私は考えています(田中三彦氏が指摘し、新潟県技術委員会で議論中。東電はまだ認めてはいませんが)。
 このように、著者のこの本での主張の中心をなす水素爆発の経過については、前提に誤りがあり、その結果著者の主張も残念ながら誤りと考えられます。
 第二部は、このような予想外の津波と長期間の電源喪失がありながら東京電力の運転員はよくやった優秀だ、日本の原子力安全技術はたいしたものだ、2号機のベントがうまく行くか注水が数時間早くできていれば放射能放出量は避難を要しない程度だった、政府は避難が必要ない段階で強制避難をさせて60名が緊急避難に伴って死んだ、政府は外部電源の復旧に全力を注力すべきでありそれができていれば事故に至らずに済んだ、など、ウルトラ推進派の面目躍如の言いたい放題が並んでいます。
 著者の主張によれば14日の深夜までは住民避難は必要なかったそうです(235、239ページ)。著者のいう避難の基準自体疑問に思いますが、それを置いても、1号機(12日午後3時台)と3号機(14日午前11時台)で水素爆発が起こり2号機がコントロールできない状況にある状態でもまだ住民を避難させないという選択は常識的にはあり得ないと思います。そして、著者は住民避難や電源対策等について政府の対応を強く非難していますが、当時官邸に詰めていた保安院や原子力安全委員会の原子力の専門家たちが事故の進展と対策について何一つ提言できず、何を聞いても「わからない」と言うばかりだったためにもともと素人の政治家たちが手探りで対策を進めざるを得なかったことは、「検証福島原発事故 官邸の一〇〇時間」(木村英昭、岩波書店)、「首相官邸で働いて初めてわかったこと」(下村健一、朝日新聞出版)等で明らかになっています。対応が誤っていたとしても、責めるべき相手は政府首脳ではなく、原発を推進してきた「専門家」だと思います。著者は、東電に対しては、後知恵で非難するのは誤りとして、運転員はよくやったと言い続けているのに、当時の民主党政権に対してだけは平然と後知恵で非難を繰り返しています。そもそも、緊急避難で死んだ人たち(入院患者や介護施設入所者)は、原発事故がなければ死なずにすんだもので、それを事故を起こした東電のせいではなく避難をさせた政府首脳のせいだというのですから、呆れます。


石川迪夫 日本電気協会新聞部 2014年3月28日発行
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