70年代半ばから80年代半ばにかけて一世を風靡した甲斐バンドのデビューから解散までプラスアルファを関係者への取材などで紹介した本。
甲斐バンドの楽曲よりも甲斐よしひろの姿勢(チューリップを超えたという自尊心とか、照明へのこだわりとか)と他のメンバーとの関係、ライブの企画と舞台裏というあたりが中心となっている感じです。武道館(79年~)、芦ノ湖畔(80年)、花園ラグビー場(81年)、品川プリンスホテル・ゴールドホール(スケート場)(82年)、西新宿5号東京都有地(現都庁)(83年)、両国・新国技館(85年)と、誰もやったことがない場所を切り拓いていく様子と、その裏方の交渉や会場独自の制限との闘いが書かれているところが、私には一番読み応えがありました。
楽曲では、私は、HEROや安奈の甲斐バンドよりも、初期の裏切りの街角やかりそめのスウィングの頃の甲斐バンドの方が共感できましたので、「かりそめのスウィング」は「裏切りの街角」から曲調ががらりと変わったこともあったのか前作ほどのヒットとはならなかったが、「シンコーの草野昌一さんには『一番いい曲を作ったな』って喜んでもらえた。8ビートから4ビートに転換したのは前作の客を裏切ったかもしれないけど、大人の受けはよかった。もっと売れてもいい曲だったと思うよ」(55ページ)と紹介されているのに納得感がありました。
ずっと周辺の人々の取材で固めてきて、最後に甲斐よしひろと、高校で部(無線部)が一緒だったという小林よしのりの対談が置かれ、そこで2人が褒めあっているのが興ざめします。この対談なからましかば…

石田伸也 ぴあ 2014年7月26日発行
甲斐バンドの楽曲よりも甲斐よしひろの姿勢(チューリップを超えたという自尊心とか、照明へのこだわりとか)と他のメンバーとの関係、ライブの企画と舞台裏というあたりが中心となっている感じです。武道館(79年~)、芦ノ湖畔(80年)、花園ラグビー場(81年)、品川プリンスホテル・ゴールドホール(スケート場)(82年)、西新宿5号東京都有地(現都庁)(83年)、両国・新国技館(85年)と、誰もやったことがない場所を切り拓いていく様子と、その裏方の交渉や会場独自の制限との闘いが書かれているところが、私には一番読み応えがありました。
楽曲では、私は、HEROや安奈の甲斐バンドよりも、初期の裏切りの街角やかりそめのスウィングの頃の甲斐バンドの方が共感できましたので、「かりそめのスウィング」は「裏切りの街角」から曲調ががらりと変わったこともあったのか前作ほどのヒットとはならなかったが、「シンコーの草野昌一さんには『一番いい曲を作ったな』って喜んでもらえた。8ビートから4ビートに転換したのは前作の客を裏切ったかもしれないけど、大人の受けはよかった。もっと売れてもいい曲だったと思うよ」(55ページ)と紹介されているのに納得感がありました。
ずっと周辺の人々の取材で固めてきて、最後に甲斐よしひろと、高校で部(無線部)が一緒だったという小林よしのりの対談が置かれ、そこで2人が褒めあっているのが興ざめします。この対談なからましかば…

石田伸也 ぴあ 2014年7月26日発行