伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

民族浄化のヨーロッパ史 憎しみの連鎖の20世紀

2014-09-06 05:54:09 | 人文・社会科学系
 20世紀の東欧地域で行われた民族浄化としてトルコ(青年トルコ人)によるアルメニア人とギリシャ人の追放、ナチによるユダヤ人に対するホロコースト、ソ連(スターリン)によるチェチェン人・イングーシ人とクリミア・タタール人の追放、第2次世界大戦後のポーランドとチェコスロバキアからのドイツ人の追放、ユーゴスラビアでの民族浄化の5つの事例を挙げて比較研究を行う本。
 著者は以前の虐殺と比較して20世紀の民族浄化では、人種主義のナショナリズム(適者生存の論理と人種の優越の主張)の存在と民族国家の形成、科学技術の発展により効率的な強制移住と集団虐殺が可能となったこと、政治家のプロパガンダにより組織的に実施されたことなどの特徴があることを指摘し、この本で比較検討の対象とした民族浄化がナショナリズムに裏打ちされ異質な者の排除(強制移住)として大規模に実施され戦争という暴力を背景により容易に行われまた戦争の影に隠蔽されてきたことを述べています。それぞれの民族浄化は無関係とは言えず、主導者が以前の民族浄化の方法や結果を意識して取り入れたり言及したこと、国際社会が民族浄化が行われていることを知りつつそれを阻止できずまた被害者への補償や原状回復がほとんど行われずそれを行わせようという圧力もほとんどかけられず被害が結果的に放置されてきたこと、民族浄化の被害者が国際情勢の変化により加害者となって苛烈な復讐が行われること、民族浄化の過程での加害行為の多くが武装した兵士/男性から非武装の女性・子ども・老人に対し行われ多くの事例で女性に対するレイプが意識的・組織的に行われていることなどが指摘されています。
 最初に触れられているトルコからのアルメニア人の追放は、私は知らなかったのですが、強制移住の方法やその過程での虐待のひどさとそれが比較的具体的に記載されていることから、読んでいて強いショックを受け、これまで世界史の中で比較的肯定的に受け止めていた青年トルコ人に対する認識が大きく変わりました。また第2次世界大戦後のポーランドやチェコスロバキアからのドイツ人の追放やユーゴスラビアでのムスリムやアルバニア人のセルビア人に対する復讐的な民族浄化など、それまでの被害者が加害者に転化するエピソードには胸が痛みます。国際社会で第2次世界大戦後のドイツ人の追放が同情されなかったのと同様、私も戦争で他国を侵略しそれに乗って植民したドイツ人が侵略地から追い返されるのは仕方ないだろうと思ってしまうのですが、民族浄化/ホロコーストを行った当事者でもない民間人が着の身着のままで強制的に移送され現実に多くの死者が発生しここでも「例によって」ドイツ女性がソ連兵からもポーランドやチェコの民兵からも繰り返しレイプされということを読まされると、やはり衝撃を受けます。しかも、ポーランドやチェコスロバキアからのドイツ人の追放の過程では、そのドイツ人が反ファシストであったかナチの協力者であったかはほとんど顧慮されずに虐待が行われた、つまり戦時下においてナチを批判してポーランド人やチェコ人の味方をした者であっても、それがドイツ人だというだけで追放や拷問、虐殺、レイプの対象となったということには哀しさと無力感を覚えました。
 いくつもの事例を並べること、そして民族浄化の被害者が局面が変わると加害者に転化する事例を挙げることで、個別の民族浄化の悪質性が相対化されるというか、国際社会の無力と自己の無力を感じるところはありますが、民族浄化とその原動力となる偏狭なナショナリズムの危険性について認識を改め考えさせてくれる本です。


原題:Fires of Hatred : Ethnic Cleansing in Twentieth-Century Europe
ノーマン・M・ナイマーク 訳:山本明代
刀水書房 2014年7月14日発行 (原書は2001年)
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