ナチの独裁政権の下で迫害・虐殺されるユダヤ人の救援や、反ナチの言論活動、ヒトラー暗殺計画などに関わった一市民と市民グループの活動と来歴、その後の本人や家族・遺族の消息を紹介した本。
ユダヤ人救援活動を続けた「エミールおじさん」、プロテスタント教会の「グリューバー事務所」、ベルリン・テーゲル刑務所の牧師ハラルト・ペルヒャウ、共産主義者が加わったために戦後長らくソ連のスパイと中傷されてきた「ローテ・カペレ」、反ナチのビラ「白バラ通信」を撒き続けた「白バラ」グループ、1944年7月のヒトラー爆殺未遂事件「7月20日事件」の母体となった「クライザウ・サークル」、1939年11月8日のヒトラー爆殺未遂事件を起こしたゲオルク・エルザーらをとりあげています。
ヒトラーが経済政策(雇用確保)で人気を得てドイツ国民の圧倒的支持を受けていたという厳然たる事実の前に、クライザウ・サークルの中心人物だったモルトケは、クーデターが実行されても新たにナチ主義者が英雄視され混乱の事態を招くだけではないかと、「もう一つのドイツ」の提示にこだわっていたそうです(172~175ページ)。その「もう一つのドイツ」の提案では、ヒトラー政権を生んだワイマール体制を否定した間接選挙やキリスト教を国家再建の基礎に据えることや労働者の生活保障と経営参加などの人間の顔を持つ資本主義の経済秩序が挙げられていたこと、モルトケら抵抗運動の活動家の間では、ドイツ人が目覚めないときには軍事的敗北こそがナチズムからドイツを救う前提とならざるを得ないと考えられていたことに痛みと哀しさを覚えます。抵抗運動の活動家が捕らえられ、拷問を受け形だけの裁判にかけられたときの態度や、家族に宛てた手紙に綴られた心情、そしてこうしたドイツ人の反ナチ抵抗運動の存在が、戦勝国の思惑により隠蔽され、彼らが長らくドイツ国内で裏切り者と位置づけられていたことにも。
圧倒的な専制政治の下で厳しい弾圧・報復を覚悟して、家族を抱えながら、正義と人道のために、私たちは抵抗運動を実行できるでしょうか。客観的には失敗している経済政策さえもそのことは報じないで政権を翼賛するマスコミのために、まるで経済政策が成功しているかのような錯覚が続き今なお支持率を落とさずにいる偏狭で強圧的なナショナリストが、有権者の2割の得票で圧倒的な議席を占めることができる歪んだ選挙制度を利用して長期にわたり政権の座にある限り、遠くない将来、私たちに、その問いが現実的に投げかけられることになるでしょう。
そういう時代を生きる私たちに、共感を与え、覚悟を迫る一冊だと思います。
對馬達雄 中公新書 2015年11月25日発行
ユダヤ人救援活動を続けた「エミールおじさん」、プロテスタント教会の「グリューバー事務所」、ベルリン・テーゲル刑務所の牧師ハラルト・ペルヒャウ、共産主義者が加わったために戦後長らくソ連のスパイと中傷されてきた「ローテ・カペレ」、反ナチのビラ「白バラ通信」を撒き続けた「白バラ」グループ、1944年7月のヒトラー爆殺未遂事件「7月20日事件」の母体となった「クライザウ・サークル」、1939年11月8日のヒトラー爆殺未遂事件を起こしたゲオルク・エルザーらをとりあげています。
ヒトラーが経済政策(雇用確保)で人気を得てドイツ国民の圧倒的支持を受けていたという厳然たる事実の前に、クライザウ・サークルの中心人物だったモルトケは、クーデターが実行されても新たにナチ主義者が英雄視され混乱の事態を招くだけではないかと、「もう一つのドイツ」の提示にこだわっていたそうです(172~175ページ)。その「もう一つのドイツ」の提案では、ヒトラー政権を生んだワイマール体制を否定した間接選挙やキリスト教を国家再建の基礎に据えることや労働者の生活保障と経営参加などの人間の顔を持つ資本主義の経済秩序が挙げられていたこと、モルトケら抵抗運動の活動家の間では、ドイツ人が目覚めないときには軍事的敗北こそがナチズムからドイツを救う前提とならざるを得ないと考えられていたことに痛みと哀しさを覚えます。抵抗運動の活動家が捕らえられ、拷問を受け形だけの裁判にかけられたときの態度や、家族に宛てた手紙に綴られた心情、そしてこうしたドイツ人の反ナチ抵抗運動の存在が、戦勝国の思惑により隠蔽され、彼らが長らくドイツ国内で裏切り者と位置づけられていたことにも。
圧倒的な専制政治の下で厳しい弾圧・報復を覚悟して、家族を抱えながら、正義と人道のために、私たちは抵抗運動を実行できるでしょうか。客観的には失敗している経済政策さえもそのことは報じないで政権を翼賛するマスコミのために、まるで経済政策が成功しているかのような錯覚が続き今なお支持率を落とさずにいる偏狭で強圧的なナショナリストが、有権者の2割の得票で圧倒的な議席を占めることができる歪んだ選挙制度を利用して長期にわたり政権の座にある限り、遠くない将来、私たちに、その問いが現実的に投げかけられることになるでしょう。
そういう時代を生きる私たちに、共感を与え、覚悟を迫る一冊だと思います。
對馬達雄 中公新書 2015年11月25日発行