緻密な内視鏡操作と冷静な判断力で次々と難易度の高い内視鏡治療を成功させ世界中を飛び回る一流の内視鏡医として大学で将来を嘱望されていた雄町哲郎が、妹の病死により孤児となった小学生の甥美山龍之介を引き取るために大学病院の医局長の職を辞して京都市内の小規模な民間病院に転職し、終末期医療や訪問医療に従事する姿を描いた小説。
飛び抜けた能力を持ち実績もあって周囲の期待を集めていたエリートが自らの意思でエリートが好まないような現場に身を投じて人間味のある仕事をするという設定は、私の業界でいえば「家栽の人」のような趣です。洞察力・判断力はともかくとして、内視鏡操作の技術や最先端の医療・医薬品知識がそれを使う場面が少ない現場にいて維持できるのかは疑問ですが(現役医師の作者が書いているのだからそう非現実的ではないということなのかも知れませんが)。
スピノザの診察室というタイトルや、「願ってもどうにもならないことが、世界には溢れている。意志や祈りや願いでは、世界は変えられない。そのことは絶望なのではなく、希望なのである」(218~219ページ)というのは難解に思えますが、「手を取り合っても、世界を変えられるわけではないけれど、少しだけ景色は変わる。真っ暗な闇の中につかの間、小さな明かりがともるんだ。その明かりは、きっと同じように暗闇で震えている誰かを勇気づけてくれる。そんな風にして生み出されたささやかな勇気と安心のことを、人は『幸せ』と呼ぶんじゃないだろうか」(277ページ)と敷衍されると、なるほどと腑に落ち、沁みました。
京都の町並みの描写や甘党の雄町哲郎に合わせた京都銘菓の紹介も、和みます。
夏川草介 水鈴社 2023年10月25日発行
2024年本屋大賞第4位
飛び抜けた能力を持ち実績もあって周囲の期待を集めていたエリートが自らの意思でエリートが好まないような現場に身を投じて人間味のある仕事をするという設定は、私の業界でいえば「家栽の人」のような趣です。洞察力・判断力はともかくとして、内視鏡操作の技術や最先端の医療・医薬品知識がそれを使う場面が少ない現場にいて維持できるのかは疑問ですが(現役医師の作者が書いているのだからそう非現実的ではないということなのかも知れませんが)。
スピノザの診察室というタイトルや、「願ってもどうにもならないことが、世界には溢れている。意志や祈りや願いでは、世界は変えられない。そのことは絶望なのではなく、希望なのである」(218~219ページ)というのは難解に思えますが、「手を取り合っても、世界を変えられるわけではないけれど、少しだけ景色は変わる。真っ暗な闇の中につかの間、小さな明かりがともるんだ。その明かりは、きっと同じように暗闇で震えている誰かを勇気づけてくれる。そんな風にして生み出されたささやかな勇気と安心のことを、人は『幸せ』と呼ぶんじゃないだろうか」(277ページ)と敷衍されると、なるほどと腑に落ち、沁みました。
京都の町並みの描写や甘党の雄町哲郎に合わせた京都銘菓の紹介も、和みます。
夏川草介 水鈴社 2023年10月25日発行
2024年本屋大賞第4位