伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

あなたの右手は蜂蜜の香り

2023-08-10 21:14:29 | 小説
 小学3年生のときに熊が出て集団下校の上外出禁止と言われながら熊を探して周囲の制止を振り切って国道で見つけた小熊に駆け寄り、猟友会の者たちが小熊の目の前にいた母熊を撃ち殺すことになり、小熊から母熊を奪ったことから、仙台の月ノ丘動物園に引き取られた小熊を自分の手で羊蹄山に帰すことを決意した岡島雨子が、動物園の飼育係になって…という小説。
 わかりやすく愛情を注いでくれる母と義父がいて、距離を置きつつも理解者の父がいて、慕い寄り添ってくれる幼なじみがいて、温かく見守る同僚たちがいる、そういう環境にありながら、この雨子の頑なさは何なのだろうと、そればかりを考える作品でした。世の中にはいろいろな人がいて、変な人もいるけれど、まぁ仕事がら、変な人に会う機会は多い方だとは思うけれども…人間は、理屈とか、常識とかでは理解できないんだ、そういうものなんだという感覚というか寛容を育むという性質の作品なのでしょうか。


片岡翔 新潮文庫 2022年1月1日発行(単行本は2019年5月)
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法廷通訳人

2023-08-09 23:57:25 | ノンフィクション
 大阪地裁等で刑事裁判の韓国語の法廷通訳人を務める著者が、自分が経験した事件での法廷通訳の実情、裁判官、検察官、弁護人、被告人、その親族、被害者、傍聴人などの様子を描いたノンフィクション。
 弁護士の目には見慣れた(といっても、私はもう刑事裁判は引退状態ですので、大昔の旧聞に当たりますが)法廷の様子が、通訳人の目から見るとこういうふうに見えるのかということに興味を惹かれました。
 最後に紹介されている「げんこつで殴って金品を盗ろうとしたがかなわず、その結果相手に加療約一週間の怪我をさせた」(250ページ)という強盗致傷事件。著者が法廷通訳を務めるようになって数年が過ぎていた(248ページ)というのに、著者が強盗致傷罪の法定刑(当時は無期または7年以上の懲役)も、執行猶予がつけられない(執行猶予は3年以下の懲役でないとつけられず、法定刑が7年以上の懲役だと酌量減軽しても3年6月以上の懲役なので執行猶予にできない)ことも認識していなかったということに驚きました。法廷通訳の仕事は法廷での発言をただ通訳することなので、法律を勉強することや法律の内容を理解していることは求められていないとは言えますが、仕事としてやっていて、そういうことを知ろうとしないものなのでしょうか。
 私自身は、通訳を頼んだ事件は1件しか経験しておらず、その事件がこの件ととてもよく似た韓国人青年による
強盗致傷の捜査段階の弁護でした(その内容はこちら)ので、とても感慨深く読みました。


丁海玉 角川文庫 2020年5月25日発行(単行本は2015年12月)


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泣きたい日の人生相談

2023-08-08 21:48:10 | 人文・社会科学系
 生き方、特に対人関係でのありようについて、Q&Aの形式を取って著者が自分の考えを述べた本。
 「泣きたい日の」は、編集者が売るために付けたんだろうなと感じられ、私にはQの方にそれほどの切実さや感情の高ぶりが感じられず、ましてやAの方には、回答者が泣きたい気持ちになるところも泣きたい質問者に寄り添う様子も見いだせませんでした。その意味で、タイトルは違うなぁと思いました。
 しかし、著者が助言に対してできない理由を持ち出そうとするな、「でも」を言うのをやめ、できるところから少しでも行動を変えていこう(6ページ等)、「今」は目的を達成するための準備期間ではない、目標を実現できないうちは生きることが楽しく感じられないというのはおかしい(82~84ページ)、自分の嫌いな、ストレスを感じる相手とは距離を置く(割り切って心の距離を取れば、その相手は「どうでもいい人」になります。って、イラスト入りのAに書かれています。こういうところは編集者がつけた可能性もありますが、これ、至言です)(131~136ページ)など、なるほどと思うところが多々ありました。


岸見一郎 講談社現代新書 2023年4月20日発行
クーリエ・ジャポン連載

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B-29の昭和史 爆撃機と空襲をめぐる日本の近現代

2023-08-06 20:54:55 | ノンフィクション
 第2次世界大戦時に日本各地で行われた空襲/戦略爆撃と広島・長崎への原爆投下に用いられた戦略爆撃機B-29について、その開発と利用、日本側の持つイメージ等について記述した本。
 戦略爆撃については、1848年の気球からの爆撃から説き起こし、起源についてはまぎれますが、日本の中国での戦略爆撃が当時の日本においても知られ「暴支膺懲」などと正当化されていた様子が述べられ、戦後において朝鮮戦争で日本の基地から飛び立つB-29の空襲を日本の新聞が傍観者的に報じる様子までが書かれることで、空襲の被害者という視点に偏ったスタンスを戒めています。
 著者は、技術的な面よりも、人々がB-29に対して持つイメージの方にこだわり、B-29が美しかったという意見に最後までこだわっています。人々がB-29を美しいという背景には圧倒的な力を前に敗北した劣等感があると言い、「流体力学的に洗練され美的にも機能面においても優れた造形物が、政治的に、また軍事的にも圧倒的な力関係を背景として、破壊や殺傷といった倫理上の理想とはまったく正反対の目的で量産され使用されたという、恐ろしい現実」を前に、それを単に機能美として称揚することには、政治的にも倫理的にも、ためらいを覚えずにはいられないという著者の姿勢(309ページ)は、実にまっとうなものに思えます。ジブリアニメの「火垂るの墓」について論じながら(275ページ~)、B-29を美しいと言うこと、爆撃機の「機能美」を賞賛することに批判的な意見を持つ(それでこの本をまとめている)著者が、「美しいフォルムを追求した」戦闘機設計技師を讃えるジブリアニメ「風立ちぬ」にまったく触れないことの真意は見えませんけれども。


若林宣 ちくま新書 2023年6月10日発行
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サピエンス減少 縮減する未来の課題を探る

2023-08-05 22:54:44 | 人文・社会科学系
 2022年に発表された国連の推計で世界の総人口が2086年をピークに減少し始め、日本の総人口は2022年の1億2400万人から2100年には7400万人にまで減少するとされていることを紹介し、これまでの人口理論やさまざまなモデルと著者によるシミュレーションを示し、すでに現れ予測されている人口減少が、「豊かさと自由を追求してきた人類社会が生産力の飛躍的発展を通じ長寿化する一方、自らの出生力をコントロールする自由を拡張してきた結果、個人の選択の自由が、社会全体の人口学的不均衡をもたらすに至った、その必然的帰結である」(98ページ)として受け容れざるを得ないものとし、人口減少社会でのあるべき姿、方向性を論じた本。
 人口増加(爆発)社会の競争原理から、人口減少社会では「誰ひとり取り残さない」が基本原則となり、「働かざる者食うべからず」ではなくベーシックインカム(最低保障)と富者への累進課税の強化(著者はそれを「誰であれ人の幸せを奪ってまでお金を稼いではいけないという単純なルール」と表現しています:116ページ)、それを実現するための国際協調(一国での富裕層への課税強化はタックスヘイブンへの逃避を招く)を主張する著者の志向には、庶民の弁護士としては共鳴します(人口の増減から必然的に導かれるものかどうかは別として)。
 人口統計について著者が加工して作成したさまざまな図表が掲載されていて、いろいろ気づかされるところがあります。例えば子どもの数について、少子化が言われる中、私の世代に当たる1960年代前半生まれでは、女性はほぼ2割が3人かそれ以上の子どもを産んでいて(74ページ)、子ども3人もそれほど珍しいわけじゃないとか(ちょっと意を強くする (^^;)


原俊彦 岩波新書 2023年3月17日発行
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優しいコミュニケーション 「思いやり」の言語学

2023-08-04 23:42:56 | 人文・社会科学系
 社会言語学研究者の立場から、人に優しいコミュニケーションとはどのようなものか、その成り立つ条件、エッセンスについて述べた本。
 話す側から、どう話せばうまく伝わるかという観点ではなく、「話し合う」ためには相手が必要で、相手の話を聞くこと、また相手が受け取りやすいボールを投げることを意識することが大切だということが強調されています。
 この本では、著者が長らく関与してきたまちづくり系ワークショップでのさまざまな人が参加した話し合いを進めるファシリテーターを、一種のコミュニケーションの模範として紹介しています。そこでは、コミュニケーション能力はスキルの問題ではない、ファシリテーターは細かいコミュニケーションのスキルに集中していない、実りある話し合いができるよう支えたいという思い=パッションがこのような言語的振る舞いに反映されている、コミュニケーション能力とは話し合い参加者に対する思いやりや優しさだと言えるのではないでしょうかというのです(156~158ページ)。そう言ってしまえばそうなんでしょうけれども、結局精神論に行ってしまうのであれば、理論や方法論を提供するのが研究者の役割という(189ページ)著者の考えとどうマッチするのかという思いを持ちました。


村田和代 岩波新書 2023年4月20日発行
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生のみ生のままで 上下

2023-08-03 22:05:53 | 小説
 高校のバスケ部のときの憧れの先輩丸山颯と交際2年同棲中の25歳南里逢衣が、お盆に秋田のリゾートホテル滞在中に出会った、颯の幼なじみの中西琢磨の彼女の売り出し中のタレント荘田彩夏から、東京に戻った後言い寄られ、当初は拒絶していたが次第に受け容れむしろ夢中になっていくという恋愛小説。
 同性愛なんじゃなくて、好きになった相手がたまたま女性だっただけ、というのはそれでいいんですが、同性愛の傾向になかった、むしろ女は嫌いだったという人気上昇中のタレントが、出会った瞬間に女性に一目惚れというのは、どうにも違和感があります。優しさ、清潔感、指がきれい、仕事も一生懸命していたことを好きになって自分からアタックして射止めた(男の)恋人がいるのに、そして外見の美しさや強さを言うなら周囲により優れたものがゴロゴロしている芸能人が、一般人女性に「一目惚れ」して、その恋人を捨てますか。恋愛は理屈じゃない、理性でもないと、恋愛の不条理な破壊力を描いているのでしょうけれども、そういう恋愛小説なんでしょうけれども、やはり納得できないものが最後まで残ってしまいました。


綿矢りさ 集英社文庫 2022年6月25日発行(単行本は2019年6月)
島清恋愛文学賞受賞作

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物流のしくみ

2023-08-02 21:10:23 | 実用書・ビジネス書
 著者が流通科学大学で1年生の「教養(物流)」の講義のために作成した教材を元に物流について12の章に分けて説明した本。
 本拠地が神戸ということで、トラック輸送の標準運賃の説明(69ページ)が大阪発になっているとか、「電子乗車券」がICOCAしか書いてない(152ページ)、BCP(Business Continuity Planning:事業継続計画 )のポイントとして舞鶴港が挙げられる(192~193ページ)など、関西目線の記述があり、関東在住者には新鮮に思えました。
 ギグワーカー(今どきイメージしやすいものとしては Uber Eats )について、労働者側に賃金の保障もなく労災の適用もないなどのリスクが大きいことにはまったく触れずに成功例だけを挙げるなど、基本的に企業側・使用者側の目線の説明です。あくまでも物流を説明する本だからということでしょうけれども、これから社会人になる学生に労働者側でのリスクを教えなくていいのかと気になりました。


田中康仁 同文館出版 2023年5月2日発行
 
 
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みつばの泉ちゃん

2023-08-01 21:50:18 | 小説
 片岡泉が、両親の不仲のためにあきる野市の祖母柴原富に引き取られていた小学3年生のときを近所のコンビニの娘明石弓乃の目から、船橋の両親の元に戻った中学1年生のときを「創作文クラブ」で一緒だった米山綾瀬の目から、高校2年生のときを中央林間に住む従弟の中学生柴原修太の目から、津田沼のアパレルショップでアルバイトしている25歳のときを店長の杉野大成の目から、その前の時期にショップに来た客と交際していた23歳までを元彼の井田歌男の目から、その後30歳、31歳、32歳のときを自分で語るという短編連作ふうの小説。
 特別な人ではないけれど、ちょっと気のいい、まわりの人の心に残る人を語るというのは、どこか「横道世之介」ふうのテイストではありますが、主人公が死んでまわりの人が思い出を語るのではなく、最後に自分が出てきて語るというところで終盤のイメージが変わります。
 短編連作ふうなので、雑誌連載かと思ったら「書き下ろしです」って。それなら前のエピソードを繰り返し説明しなくてもいいのにと思いますし、最後に本人の語り3連投は何?という気がします。
 タイトルの「みつばの」は、主人公が高校を出た後に住むのが作者の作品に頻出する架空の都市「蜜葉市」というところから。そこも、主人公はあきる野市や船橋市にも住んでいたりするので、そこだけなんで架空の都市?という疑問も生じます。


小野寺文宣 ポプラ社 2023年5月15日発行
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