伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

投身

2023-08-20 23:27:58 | 小説
 成功した不動産業者の2代目で隠居している75歳の二階堂昭一から、品川区役所前に店舗とそのすぐ裏の平屋の自宅を格安で借り入れてメニューはハンバーグとナポリタンの2つだけという飲食店「モトキ」を経営する49歳独身の兵庫旭が、二階堂親子や行きつけのスナック「輪」のママや常連客、妹麗とその夫などと過ごす様子を描いた小説。
 親がかつて繁盛した料理屋を経営し、天性の味覚と嗅覚を持つというのですが、「普段の食事はほぼすべて出来合いのもので済ませていた。家ではそばやうどんを茹でるくらいで、台所に調理器具はほとんど置いていない」(18ページ)という人が調理する店がはやってる(昼餉時には行列ができることもある:42ページ)という設定はかなり無理があるように思えます。
 旭が二階堂からただ同然で店舗と自宅を借りているのは「交換条件」があるからというのが、割と早く登場し(14ページ、より明確には42ページ)、それがその後ずっと引っ張られます。終盤になって(201ページ)約束した交換条件が明らかにされるのですが、これが最初に明らかにされていた場合と、ここまで引っ張った場合とで、読み味がそれほど変わるだろうかという疑問を持ちました。
 結末も、今どきこういうネタを書くセンスに驚きました。


白石一文 文藝春秋 2023年5月30日
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取締役の教科書 第2版 これだけは知っておきたい法律知識

2023-08-18 00:17:04 | 実用書・ビジネス書
 会社の取締役の地位・権限とその裏返しである責任(リスク)について説明した本。
 取締役がやってはいけないこととやらなければいけないこと、そのルールが守れなかったときに問われる責任に重点が置かれ、法律の規定と判例を紹介し、項目を多めにして1項目あたりのページ数を減らして業界人以外にも読みやすい説明が心がけられていると感じられます(私は、細かく項目を分けるよりは、体系だった記述の方が読みやすいのですが)。
 日本の会社では実際には相当に多い使用人兼務取締役の立場について説明しているところ(30~33ページ)で、委任関係だから理由がなくても解任できる(ただし正当な理由がない場合は、会社は、解任された取締役が残りの在任中や任期満了時に得られたはずの利益に相当する損害賠償の責任を負う:192ページ)取締役であるとともに、雇用関係だから合理的な理由なく解雇できない使用人(労働者)としての地位を併せ持つことから、会社が使用人兼務取締役を解雇/解任した場合にどうなるか、その場合に使用人としての性格をどのような要素からどのように判断するのか等についてまったく説明がないのは、労働者側の弁護士の私には不満があります。そこは「取締役」についての説明だから「使用人」部分は対象外ということなのかも知れませんが。


岡芹健夫 経団連出版 2023年5月20日発行(初版は2013年6月20日)

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動物がくれる力 教育、福祉、そして人生

2023-08-17 22:42:26 | ノンフィクション
 不登校児童、虐待を受けた子どもたち、受刑者、障害者、重症患者らが犬、猫等とのふれあいを通じて癒やされ人生に前向きになれる様子とそのような場を設けている施設、活動についてレポートした本。
 放置すれば殺処分が待つ保護動物と虐待を受けた子どもや受刑者などをマッチングすることで、自らと似た境遇にあった動物が無条件に愛情を見せ傍に寄り添ってくれてその動物を世話し交流できる環境をつくり、人とはうまくコミュニケーションできなかった者が積極的になっていくというWin-Winの活動が多く紹介され、なるほどなぁと思います。
 虐待を受けた子どもがリラックスして証言できるように付き添うという付添犬の活動・活用が紹介されています(93~102ページ)。リラックスできること自体はいいのだろうと思うのですが、その付添犬の持ち主やその過程で関与する人から子どもが何らかの影響を受けないか、それに気を使って証言が歪まないか、私にはわかりませんが、仕事柄気になってしまいます。


大塚敦子 岩波新書 2023年4月20日発行
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心理学をつくった実験30

2023-08-17 00:05:25 | 人文・社会科学系
 心理学の歴史に概ね沿って、心理学の領域別に代表的な実験を紹介した本。
 目撃供述の信用性に関して紹介されているロフタスの実験。150人の大学生に交通事故の動画を見せてその後に事故の様子を記述させた上で監督者からいくつかの質問がなされ、その中で50人には「車が激突したときの速さはどれくらいでしたか」という質問があり、50人には「車が当たったときの速さはどれくらいでしたか」という質問があり、50人には速さについての質問がなかった、その1週間後に「事故によって多くのガラスが飛び散りましたか」という質問をしたら、動画視聴の日に「激突」と聞かれた50人のうち16人が「はい」と答え、それ以外のグループで「はい」と答えたのは7人、6人であったのだそうです(102~104ページ)。仕事柄、関心のある実験ですが、ガラスが飛び散ったかを聞くときに「激突」というかの問題ではなく、動画を見た直後に「激突」とすり込んだ場合の効果なのですね。また、そういう刷り込みがなくても誤った答えをした人が1割強いる、7割弱はその刷り込みに影響されなかったということでもあるのですね。
 著者はこの本の特徴について、実験データなどはすべてオリジナルの論文か、そうでなくても、オリジナルに近い著書などを取り寄せて確認したと自負しています(258~259ページ)。心理学の実験等の意味を評価するには、実験の方法、サンプル数、結果のデータ、さらに言えば他の実験による再現性などを確認することが大事です。原典の確認の重要性を改めて感じました(といって、私自身は、上述のロフタスの実験の原典にまったく当たっていない訳ですが…)。


大芦治 ちくま新書 2023年4月10日発行
 
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記憶喪失になったぼくが見た世界

2023-08-16 22:09:17 | エッセイ
 学生のときに交通事故で意識不明の重体となり記憶喪失になった著者が、見聞きし考えたこと、日々の経験等を書いた文章と、母親のコメントを編集した本。
 事故直後から順に時期を区切って6章に分けていますが、それぞれの文章がいつ書かれたものか、当時の著者の状況等の具体的な説明はなく、この本の成り立ちの説明もないので、想像で補って感覚的に読むことになります。
 記憶喪失という言葉から想像していたのと違うところも多く、著者の場合、ドラマのように過去の記憶が戻ることもなくて、記憶喪失後数年を経て記憶喪失後に得たものが多くなった後「今いちばん怖いのは、事故の前の記憶が戻ること。そうなった瞬間に、今いる自分が失くなってしまうのが、ぼくにはいちばん怖い」(248ページ)としているのに驚きました。人生はそれぞれで、他人が簡単に推し量り決めつけることはできないのだと再認識しました。


坪倉優介 朝日文庫 2019年8月30日発行(幻冬舎文庫で2003年6月発行)
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スカイ・クロラ 新装版

2023-08-15 22:04:33 | 物語・ファンタジー・SF
 戦闘機「散香マークB」に乗るエースパイロット「カンナミユウヒチ」が、新たに兎離洲(ウリス)に配属され、指揮官草薙水素の指示の下、同室者の土岐野らとともに任務に就き、出撃して対象を偵察し相手方の戦闘機を撃墜し、同僚と酒を飲むなどしている様子を描いた小説。
 カンナミが、自分たちのことを「戦争反対と叫んで、プラカードを持って街を歩き、その帰り道に喫茶店でおしゃべりをして、帰宅して冷蔵庫を開けて、さて、今夜は何を食べようか、と考える…、そんな石ころみたいな平和が本ものだと信じているよりも、少しはましだろうか。自分で勝ち取ったものなどありはしないのに、どうやったら自分のものだと思い込めるか、そんなことばかり考えて生きているよりも、少しはましだろうか」(308ページ)と思い惑うあたりに、作者の戦争や反戦を言う者への考えが表れているように思えました。
 2008年に映画を見て、その15年後になって、最近出た文庫新装版を読んだのですが、映画で踏み込んだ説明がなかったのでよくわからないと思ったところが、原作では映画以上にはっきり説明されず、しかも終盤で初めて話題になるという形になっています(そういう事情から、そこに踏み込んだ感想は避けておきます)。
 巻末に、新装版のカバーイラストをつけたマンガ家の短文と、英語版のためのインタビューがつけられています。映画を見た読者からは、映画のイメージに合わないイラストをつける意味に疑問を感じ、インタビュアーの意識にもズレを感じました。戦闘機の機構については何も知らない、すべて想像、ノンフィクションではないから実際と同じである必要はなくむしろ違っていた方がよいと考えている(341~342ページ)というのを肯定的に評価するのは、ちょっとどうかと思いました。ファンタジーじゃなくてSFであるのなら、実際に存在する機械類についてはきちんと科学的に描き込むべきじゃないか、そこを省いてしまいそれを何とも思わない姿勢が、戦闘が続けられている設定、「キルドレ」についての設定が、詰められていない/詰めが甘いという私の読後感につながっているのではないかと思いました。


森博嗣 中公文庫 2022年5月25日発行(初版2004年10月25日、単行本2001年6月25日)

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敗者としての東京 巨大都市の隠れた地層を読む

2023-08-14 00:01:04 | 人文・社会科学系
 東京は、1590年の家康、1868年の薩長連合軍、1945年の米軍による3度の占領を受けたということに着目し、その占領を受けた「敗者」の視点から歴史を捉え直すというテーマで書かれた本。
 敗者が、自らが敗者であることを受け容れ、勝者たちの世界がこの地上のすべてを覆ってしまうのを密かに阻止し、規範秩序を攪乱する横断的な越境から新たな知的創造をするということに著者は希望を見出しています。敗者の視点という切り口に惹かれますが、著者の関心は、敗者自体、敗者に共感し寄り添うことよりも、敗者/異端者が生み出す文化への好奇心にあるようです。
 論の展開の根拠は、著者自身の研究ではなく他の研究者の著作に寄っていて、著者の主張に沿うものを拾い出して、こうも言えるのではないかということが多い印象です。そして第3の占領:米軍による占領と戦後についてはもっぱら著者のファミリーストーリーが述べられ、著者は多くの人が/誰でも自分の先祖を調べれば敗者たちのあっと驚くような人生を掘り起こせるだろうというのです。その2点で説得力が弱いかなと私は感じました。新たな観点からの仮説を述べるものだから仕方ないということもあるのでしょうけれど。


吉見俊哉 筑摩選書 2023年2月15日発行

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民法(債権法)改正後の建築瑕疵責任論 欠陥住宅被害救済の視点から

2023-08-13 22:02:53 | 実用書・ビジネス書
 2020年4月1日施行の民法改正が欠陥住宅(建築工事の瑕疵)をめぐる法的紛争にどのような影響を与えるかについて、民法学者として、解説した本。
 債権法改正のうち建築紛争で問題となる部分に特化して、改正前の規定とそれをめぐる解釈、判例を説明した上で、債権法改正後の規定を紹介している(改正前の規定で困ったところや不明な点があったのを判例で事実上修正し、それが改正後の規定で明確にされたというのが多いので、多くの点では改正前の実務と変わらないのですが)ので、弁護士には助かる本だと思います。他方で、民法学者としての解説なので、法解釈自体の説明が中心ですので、建築紛争の当事者などが読んでわかるとか使えるという本ではないだろうと思います。
 著者の意見として述べられているところは、サブタイトルに「欠陥住宅被害救済の視点から」とあるように、建築事業者側のスタンスではなく欠陥住宅被害者(注文主、買主等)寄りの立ち位置です。また、特定の学者の意見を意識した批判的なコメントが目に付きます。そのあたりが心地よいという読者もいるかもしれませんが、弁護士としては、引用しにくい印象を持ちます。
 建築物(完成物)引渡債務の説明で、「引渡の前日に、震度8の地震が発生し、引き渡すべき建物が倒壊してしまった場合でも、契約内容では『震度7でも損壊しない建物』と定められていたのであれば、建物引渡債務の履行について債務者に帰責事由がないということになりましょう」(34ページ)という記載があり驚きました。純理論的には(観念的には)、法解釈の説明としては成り立ちうるのですが、現在のところ「震度8」という震度階はありません。単純ミスではありましょうけれども、理論重視という姿勢が表れているのかなと思いました。


松本克美 民事法研究会 2023年5月16日発行
 
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人魚と過ごした夏

2023-08-12 21:41:53 | 小説
 小学生からシンクロナイズドスイミング改めアーティスティックスイミングを続ける神崎水葉から「アースイ」コンビで一緒にオリンピックに出ようと誘われ、小学5年生からともに伝統あるクラブ「大阪スイミングアカデミー」に移籍して水葉に引っ張られ激励されながら競技を続けてきた陣内茜が、高校2年生の5月に行われた日本選手権で失敗して足を引っ張りコーチに叱責されエリート新人の紗枝と接触して右足の小指を骨折してメンタルが落ち、同級生のビデオブロガー西島由愛と親しくなり…という青春小説。
 私の頭の中では今でもシンクロナイズドスイミングのままの「アーティスティックスイミング」の世界を知ることができるところに好奇心をそそられますが、同時にその技の描写が読んでもわからない専門用語(業界用語)続きでついて行けないのに困惑しました。
 個人的には、陣内茜の自宅の最寄り駅が千里中央駅で(62ページ。この本の描写からは茜の自宅がどの辺かは特定できないのですが)私が小学生から高校生まで過ごした地域が舞台になっている点と大阪弁に親近感を感じる本でした。

蓮見恭子 光文社 2023年6月30日発行
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史上最悪の介護保険改定?!

2023-08-11 22:46:35 | 人文・社会科学系
 2024年の介護保険制度の見直し(3年ごとの見直し)で目論まれている利用者負担の増大(現在の原則1割負担、例外的に2割負担から、2割負担者の拡大)、要介護1・2の介護事業から地域支援・総合事業への移管(それにより数日間の研修を受けるだけでサービス提供可能:サービスの劣化・低賃金化、市町村予算の限度で打ち切られるリスク)や、直ちにではないが将来予定されている人員配置の削減(利用者3人に職員1→利用者4人に職員1人)などに対する関係者からの反対の声を集めた本。
 2022年10月から11月の連続アクション(集会)と衆議院会館での院内集会での発言を取りまとめた本なので、短いアピールが並んでいて、わかりやすい説明もありますが、説明は端折って事情がわかっている人に向けてポイントを絞って発言しているものが多々あって、部外者にはよくわからないところも残るという読後感でした。
 政府が介護保険の見直しをする度に介護事業者の収入が減り、サービスの形態・条件が難しくなり、労務が厳しくなりながら労働者への賃金支払が難しくなって介護事業者の事業継続が難しくなっていることと、要介護1・2の介護のサービスが劣化するというのが、一番言いたいところかと思います。その問題について、よりわかりやすく資料に基づいた体系的な説明をした方が、より説得力が出ると思うのですが、そこは断片的なアピールにとどまっている感じがしました。関心を持った人は別の本で勉強してくださいということなのでしょうね。
 職員配置について、現在の3対1の基準での実務がそれ自体どれだけ大変かという説明(45~52ページ)、福祉用具の紹介とその価値(レンタル→購入への動きへの反対)の説明(39~44ページ)、薬剤師は薬を出すだけでなく何故飲めないかを考えるべきという話(67~72ページ)など、勉強になりました。


上野千鶴子、樋口恵子編 岩波ブックレット 2023年6月6日発行

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