鷹(1958)
「部隊に迷い込んで私に飼われた隼は、紐を喰いちぎって或る日逃げた。自力で自由をかちとったことを羨み、飛ぶ羽を持たぬ身に望郷の念は更にかきたてられた。飛翔力の強さを表現するために、鷹に変えて描いたものである。」
前回27日の雨<牛>から11年、すべての色彩が消えうせたような絵である。しかしこの鷹の眼差しの鋭さと鋭角な羽の強靭さ、そして脚の太さ、引き締まった体をよりキリッと締めている黒色は、香月泰男という画家の精神の強さと観察力、そしてたくましさを遺憾なく発揮しているように感じて私の好きな絵である。
画面の6割を占める下半分の大地と思しき黒の画面が、尾羽が画面からはみ出す鷹をより大きく強靭な生命力のシンボルとして際立たせていると思う。
私は、隼を飼うゆとりからこれは抑留前の体験と考えている。望郷の念も含め、戦争という強制への違和は、抑留という過酷な体験の前から画家の思想の核を締めていたと思う。
だからこそ、過酷な体験を潜り抜けえた、というのが私の思いだ。
軍隊や集団性や階級社会を客観的に冷静に、そしてみずからとは異質なものとして突き放して見ることができたのであろう。
思想や理念はのめりこんでしまえば、その思想なり理念が崩壊したとき、肉体の変調も含めてその人を打ちのめすからだ。そして日本ファシズムの敗北と崩壊・日本軍の解体という全崩壊と、ロシア軍という別の異質なロシア的なファシズム=スターリニズムのもっとも醜悪な場面に飲み込まれたとき、全人格の崩壊となるか、生きる力の喪失などの状況に遭うか、徹底した迎合思想へと本質するかしか活路はなかったはずだ。
私が香月泰男の絵と思想に圧倒されるのは、そのものを見据える眼に支えられたたくましさに根があると思う。
「部隊に迷い込んで私に飼われた隼は、紐を喰いちぎって或る日逃げた。自力で自由をかちとったことを羨み、飛ぶ羽を持たぬ身に望郷の念は更にかきたてられた。飛翔力の強さを表現するために、鷹に変えて描いたものである。」
前回27日の雨<牛>から11年、すべての色彩が消えうせたような絵である。しかしこの鷹の眼差しの鋭さと鋭角な羽の強靭さ、そして脚の太さ、引き締まった体をよりキリッと締めている黒色は、香月泰男という画家の精神の強さと観察力、そしてたくましさを遺憾なく発揮しているように感じて私の好きな絵である。
画面の6割を占める下半分の大地と思しき黒の画面が、尾羽が画面からはみ出す鷹をより大きく強靭な生命力のシンボルとして際立たせていると思う。
私は、隼を飼うゆとりからこれは抑留前の体験と考えている。望郷の念も含め、戦争という強制への違和は、抑留という過酷な体験の前から画家の思想の核を締めていたと思う。
だからこそ、過酷な体験を潜り抜けえた、というのが私の思いだ。
軍隊や集団性や階級社会を客観的に冷静に、そしてみずからとは異質なものとして突き放して見ることができたのであろう。
思想や理念はのめりこんでしまえば、その思想なり理念が崩壊したとき、肉体の変調も含めてその人を打ちのめすからだ。そして日本ファシズムの敗北と崩壊・日本軍の解体という全崩壊と、ロシア軍という別の異質なロシア的なファシズム=スターリニズムのもっとも醜悪な場面に飲み込まれたとき、全人格の崩壊となるか、生きる力の喪失などの状況に遭うか、徹底した迎合思想へと本質するかしか活路はなかったはずだ。
私が香月泰男の絵と思想に圧倒されるのは、そのものを見据える眼に支えられたたくましさに根があると思う。