Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

明日の盛岡の天候が気になる

2013年09月01日 22時36分26秒 | 山行・旅行・散策
本日は横浜に帰る前に寄り道をして盛岡に足を伸ばした。
横浜にお土産を買い、宅急便で送った後、駅前の居酒屋で「鷲の尾(八幡平)」と「浜千鳥(釜石)」を飲んでご満悦。ツマミは岩ガキとメカブ酢。仕上げは名物じゃじゃ麺。あわせて2800円なり。

明日は雨の予想。一昨日・昨日と台風の予想が外れて良い天気。これ以上のぞんではいけないのかもしれない。雨ならばバス登山も止めないといけないかもしれない。

おとなしく寝てしまおう。

同窓会と東松島付近の被災地訪問

2013年09月01日 20時20分11秒 | 日記風&ささやかな思索・批評


同窓会は登録された方全員が参加して楽しく有意義に盛大に実施できた。
遠くは浜松、柏崎、神奈川、東京、埼玉、古川、山形から仙台に集合した。
仙台からは3名。1970年の出会いから43年目。
みんな当時の人柄そのまま引きずっているような印象。会った瞬間に一気に時間が43年近く逆戻りしたような錯覚に・・。



そして文書などの資料も4人から提出された。

一人一人の発言は短い、長いはそれぞれだけど、言葉の一つ一つに、40年の人生に対する判断、社会に対する姿勢が充分に理解できるような思いがした。「変わってないなぁ」、「よくわかる」「あいつらしいな」・・そんな感慨がたくさんわいてきた。

やはり震災・原発は重要なキーワード。
1978年の仙台の震災を経験した者も、今回経験した者も、中越地震を経験した者も、そしていずれもたまたま経験しなかった者も、3・11をいつも反芻しているようだ。

参加の皆さん、感謝いたします。

心ならずも生涯を絶った仲間のS君の思い出も共有できたと思う。福島第一原発のすぐそばで育った彼のお墓は今は立ち入りも遠望もできない。ひょっとしたら流失してしまっているかもしれない。私達の心の中に生き続けて行くよすがのひとつとしたい。そんなことも40年のうちにあった。

しかし本当に楽しかったぁー(^_^)/

そして本日は東松島市を中心に津波被害地を訪問させてもらった。
野蒜の海水浴場では参加者の多くが訪れたこともあり、石巻も遠望できて感慨ひとしお。ちょっと呆然とした瞬間でもあった。



仙石線の線路や駅のあったところから線路が撤去され無人のプラットフォーム跡などさびしい限りだ。鉄道の跡というのを見ると、鉄道施設というものが単なる施設ではなく、人々の息遣いが張り付いた、血の通っているものにも見えてくる。人々の生活と切っても切り離せないものが息づいているようだと感じる。

東名(とうな)漁港の再生工事も、がれき処理の現場も地質・土木・行政に関わった身には大変気になる現場であった。



東名にある、年齢が4歳・5歳と若い子供の名が幾つもあり、93歳を一番の高齢とする名も見受けられた慰霊碑前では自ずと頭も下がった。

案内を買って出てくれた方、企画・案内をしてくれた仙台の仲間に心から感謝したいと思う。本当にありがとうm(_ _)m