Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「図書6月号」から

2022年06月01日 23時47分18秒 | 読書

 眠気に負けずに、とりあえず6編を読み終わった。

・[表紙]ジェーン・シーモア         杉本博司
「ジェーン・シーモアの死後、失意に暮れる王(ヘンリー八世)の次の妻として宰相トマス・クロムウェルは政略結婚を画することになる。王の床は性から政へと流れ行くのだ。」

・残されたノートに寄せて          井波陵一

・「ひまわり」を観よう           原田宗典

・〈対談〉戦争文学で反戦を伝えるには    逢坂冬馬・奈倉有理
「(逢坂)ウクライナ侵攻が始まってから、ものすごく一面的な見方をされることもあって――「戦うのか、死ぬのか」という二択のなかで敵を殺すために少女たちが立ち上がる冒頭だけを抜き出して、それを現在のウクライナに重ね、祖国を守るウクライナの人々を賛美するという途方もない誤読がありました。
(奈倉)戦友や我が子の死が無駄であってはいけないという思いが、苛立ちや悲しみや怒りに結びついてしまう。戦争の暴力性は他者の言葉を理解する能力を致命的に鈍らせてしまうのではないか‥。‥なぜいまロシアが戦争をしているかといえば、とにかく「戦争は悪い」という声を徹底的に潰してきたからです。学校教育でも「独ソ戦の勝利」を華々しく祝うことばかりが重視され、戦争の悲惨さや‥ほとんど学ばれていません。「自分たちは基本的に被害者であり他国を侵攻するなどするわけがない善良な国である」という教育をおこない、反戦運動を馬鹿にするような世論を育てることは、戦争をしようとする国家が必ずと言っていいほど通る道です。ですから「平和が大事」と言える世の中は決して当たり前ではなく、揶揄する人を警戒し、細心の注意を払って守るべきものです。
「(逢坂)「偉大な勝利」に幻惑され「戦争は良くない」という理念が共有されない問題は米国にもあり、日露戦争後の日本もそうでした。「戦争はよくない」という理念を共有できる空間は希少で、守るべきものです。」

・森鴎外の転換点              澤田瞳子

・小澤征爾の世界と「ふれる」        大西 穣


何となく・・・

2022年06月01日 21時28分21秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日はちょっとお疲れ気味か。昨日のお酒が残っているのかと思っていたが、どうもそうではないようだ。何となく体が重い。
 こういう時はさっさと寝てしまうに限る。

 本日自宅に戻ってみたら、岩波書店の「図書6月号」が届いていた。薄い雑誌ならば読む気力も湧いてくる、ということで、この本をもって寝室に直行することにした。体が本当にだるいのであれば、そのまま寝てしまうはず。そうでなければそれなりには読むことが出来ると思う。客観的な指標ではない単なる目安。

 


凝り性といわれたが・・・

2022年06月01日 20時32分35秒 | 日記風&ささやかな思索・批評

 本日は退職者会の関係で依頼された作業に従事、その後作業に参加した仲間からの誘惑を断って、排気筒用の窓枠作成のための材料を横浜駅近くの店で購入してきた。窓枠は取り外し可能なものにする予定。
 購入したのは透明なアクリル板、ベニヤ、紙筒など。思った以上に高くなってしまった。これらを材料に明日の午前中に、のこぎり、電動ドリル、やすり、木工用ボンドなどを駆使して何とか脱着可能な窓枠を作り上げたいものである。
 夕食前に何とか準備作業を終えた。しかしこれ以降の作業は音が出るので、今晩はもう出来ない。

 昨日知人に、脱着可能な窓枠を自作したいと述べたら、驚かれた。マメ・器用だという評価らしいが、本人はズボラで不器用な人間だと思っている。凝り性だともいわれたことがある。これも本人の評価とは違っている。本人は飽きっぽい性格だと思っている。
 人が見る目と本人の自己評価は常におおいに違っている。何事も決めつけてしまうのはもっといけない。特に子どもの性格に対して、「私の子はこういう性格だから云々」と親が勝手に決めつけるのはきわめて良くないことだと思う。親の目の尺度で、子どもの性格までゆがめてはならない。