the other side of SmokyGitanesCafe
それとは無関係に・・・。
 




GITANESはその頃持っていなかった。
それとは無関係に・・・。

出勤時、ちょっとした渋滞に巻き込まれた。

その先の三叉路に信号機が新設されてから、どうもクルマの流れ
が悪くなったようだ。
どこに移動するにもクルマを利用する生活なのだから、渋滞とは
切っても切れない間柄。これは仕方がない。
電車での通勤なら少なくとも渋滞という問題とは無縁にはなるが、
自宅と会社の立地を考えると、少々不便になる。


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何を隠そう私にも高校時代はあった。
その頃住んでいた家から3キロの距離、自転車で20分ぐらいの
位置だったが、一年生の夏休みに引越しし、それからは電車を乗り継いで
通学することになってしまった。

電車に乗り遅れさえしなければ大丈夫、道路の渋滞は関係ない。
少々遠くなったのが煩わしかったが。

朝 6分乗車 → 乗り継ぎ10分待ち → 20分乗車

帰り 20分乗車 → 乗り継ぎ20分待ち → 6分乗車

という毎日の道程。

帰りの「乗り継ぎ20分待ち」、特に真冬のホームで20分待つのは
辛い。文庫本を読むにも指がかじかんでページをめくるのに苦労した。







その日は3月の中頃だったが、駅のホームはまだ強烈に寒かった。
アゴ辺りまでマフラーをグルグル巻きにしても寒い、高校一年の
学校帰りだ。15歳、強烈にフレッシュな私だ。
その私をぜひ想像していただきたい。
想像できないあなたは、想像力の翼が折れている。




乗り換えのため電車から降り、ホームのベンチに座る。寒い。

同じ電車から降りた人が、すぐそばで立っているのに気付いた。
同じ学校で、数日前に卒業したばかりの2年先輩の女子だった。

学校のイベントで顔見知りになり、少しばかり会話するようになっていた。
普段見慣れたセーラー服と違い私服だったので、それがその人だと
気付くまでやや時間がかかった。



向こうはすぐこっちに気付いたらしい。近づいてきた。


女子「あ、SGC。どうしたの一人で。」
私「あ、乗り換え待ち。家があっちですから。」
女子「あ、そう。寒いなあ。」
私「そうですね。」


私「で、何してるんですか、こんなところで。」
女子「私も乗り換え待ち。ちょっと遠方までね。」
私「へえ。」


私は座ったまま、彼女は立ったまま。あまり視線を合わさずに
会話が始まる。



女子「卒業式以来やね。」
私「そうすね。お元気でした?」
女子「私はいつも元気やからね。」
私「ああ、そうすか。」






私「ところで、あんたは春からどうなんすか?」
女子「SGC、先輩に向かって『あんた』はないでしょうが。」
私「ええと、センパイは春からどうするの?」
女子「うん、進学決まったよ。」
私「あ、受かった?どこ?」
女子「うん、H大。」
私「おお!」

彼女がのるべき電車はすでに到着している。もうすぐ発車だ。



私「じゃあ一人暮らしなんだ。」
女子「そうそう、ワクワクやなあ。」
私「彼氏も同じ方面の大学?」
女子「いや、全然違う。ごっつい遠いよ。」
私「あら、それはそれは・・・。」
女子「別になんてことない。彼氏とは疎遠になってるし、
   でも一人暮らしは始まるし、ドキドキのワクワクやで。
   まあ、ちょっとは不安。」
私「へえ、そんなもんすか。」
女子「まあ一年坊主の男子にはわからんのよ。こういう乙女心はさあ。」





女子「じゃ、行くわ。」

電車に近づく彼女につられるように、ベンチから腰を上げた。

私「じゃあまた。機会があれば。」

女子「そうね。いつになるかねえ。」

私「H大は、ちょっと遠いもんね。」

女子「新幹線に乗ったらすぐやで。大丈夫やで。」

私「ん?行かねーよ?」

女子「ま、そりゃそうだ。」


電車に乗り込む寸前、彼女はスカートのポケットからなにやら取り出し、
こちらに向かって投げた。距離は3メートルほどか。

なんだかわからないまま、左手でそれを受け取った。

放物線を描いたそれは、飴だった。
包んだナイロンと本体がくっついてしまった飴だった。


私「飴?ちょっと古くない?」
女子「いやなら食べなきゃいいでしょ。あんたちょっと生意気やで。」


彼女は電車に乗り込んだ。



女子「ほんじゃあね、後輩のSGC。」

私「はい。」

女子「意外と近いぞお。新幹線に乗ったら。」

私「だから・・・」

ドアが閉まった。
電車はすぐ動き出す。

振るでもなく、彼女は右手を上げた。


一人乗った電車の中の彼女に恥ずかしい思いをさせてやろうと、
私の方は右手を上げ、ぶるんぶるんと大きく振った。

爆笑する彼女を乗せた電車はスルスルと遠ざかっていった。






自分が乗る電車はとっくに乗り過ごしていた。


仕方なくベンチに腰掛ける。
マフラーをグルグルと顔の周りに巻き直し、それでも寒いので
また腰を上げ、ホームを歩く。
マフラーの下、口の中にはさっきの溶けかかった飴があった。


どうにももったいない気がして、それを噛み砕くことができなかった。






それから随分と時間が経ったが、彼女を見かけたことは一度もない。

今でも時折、少々くたびれた飴を食べたときに思い出すのは、
あの最後に、振るでもなく上げられた彼女の右手の白さである。





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やっとクルマの流れが動き始めた。

いや、渋滞中にちょっといろいろ思い出しただけのお話。





















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