「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「成長を見詰めて」

2013年09月06日 | つれづれ噺

単三の乾電池2本を取り替えてやりさえすれば、今なお現役のおもちゃとして遊べるこの、首の短いキリン君。
貼りつけてあった愛くるしいお目目はいつしか剥がれ、今はマジックペンで手書きされている。
それでも本体は頑丈その物。正面右の上側にあるボタンを押せば、「ボク、トットチャン」「可愛いね」などとしゃべる。
下側のボタンを押すと「大きな栗の木の下で」他2曲の音楽も流れる。
4つの車は健在で、押してやるとコロコロと愛嬌振りまいてどこまでも転がっていく。角とシッポのランプも点灯する。

実はこのキリン君、我が家にやってきて11年になるベテランである。
2002年、平成14年4月。「定年退職報告旅行」と銘打って、同級生3人が旅に出た。
目指すは高校時代の恩師が住んでおられる新潟市。再開を果たし美酒を酌み交わす。
懐かしい昔話や、とっておきの思い出話に花を咲かせ、さてお土産を何にしよう。あれこれ探した。

その時、初孫の男の子は1歳2か月であった。
取り敢えずこの程度のものなら十分だろう、と思って買って帰った新潟みやげがこのキリン君である。
いまや中学生になった初孫君。彼に続いて二男のカー君もお気に入りで、幼稚園帰りに家で預かるときなど、格好のおもちゃとして遊んでくれた。そんな彼も今や5年生になった。

そしたら今度は三男坊の悠雅君が、これまた二人の兄ちゃんと同じように、あのボタンを押しこのボタンを押して、しゃべらせたり音楽を鳴らして喜んでいる。まさに兄弟3代にわたって、壊れもせず付き合ってくれている。
いくらで買ったのか憶えていないが、このシンプルなコロコロキリン君が11年、我が家に居続ける。

定年退職という大きな節目からも、恩師に報告とお礼の旅からも、気の合う3人連れで新潟・佐渡を巡ったあの日からも、
11年という歳月が流れた。
たった一つのしがないおもちゃではあるが、歳月の流れとともに我が家の一角を居場所として、兄ちゃんの成長を見守り、二男君の遊び相手をし、今またやんちゃな4歳児の乱暴な扱いにも耐えている。

何気なく買ってきた一つのおもちゃ。買い主の定年後11年間をどのように眺めてきたのだろう。
買い主としては、「ボタンに仕込まれた言葉以外はしゃべらないおもちゃ」であったことを、もっけの幸いとほくそえんでいるのが目に見える。

コメント (4)
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