健康寿命を如何に伸ばすか、寝たきりや介護生活を如何に遅らせるか。
そういった人間の至上命題ともいえる「老い」と向き合う生活が、如何に必要であるかが問われる昨今。
ウオーキングやジョギングで、自らの健康を保持する運動が大はやりである。
そういった世間の事情を反映してかどうか、日本全国各地で、市民マラソンや駅伝が盛んである。
ご当地にも伝統的な駅伝競走が残され、市民の手で守られている。
その一つが48回目を迎えた「錦川清流駅伝競走大会」である。
山陽側と山陰側を結ぶ国道187号線をさかのぼり、錦川清流線の終点駅となっている錦町の「錦ふるさとセンター」から、錦帯橋の架かる錦川に沿って下り、錦帯橋目前の河川敷運動広場までの39.1kmが男子のコース。
女子の部は、16kmのコースで、参加チームも距離も少し小ぶりになる。
かつては、このアタシもこの駅伝大会出場を目指して、練習した中学時代があった。
当時は山陽側の岩国と、山陰側の日原を結ぶ国有鉄道「岩日線」の工事中で、その名も「岩日駅伝」と呼ばれた。
その岩日線は国鉄再編のあおりで工事は中止。現在の錦町止まりとなった上に、赤字路線となりJR西日本が撤退した。
後を受けた第三セクター錦川清流線として、ローカル色豊かなディーゼル車が一日数本、単線で走っている。
そんな古き良き時代に、一度は目指した岩日駅伝ではあるが、その選手に選ばれるにはその前の、今は無くなった「岩国一周駅伝」で、それなりのタイムを出さなければならなかった。
岩国一周駅伝では、なんとか自転車の伴走を従えてタスキをつなぐ7人に選ばれた。が、残念無念、ついに岩日駅伝のタスキを掛けることはなかった。
あれから30数年。倅が高校陸上部でレギュラーを張り、2年連続で出場するのを2回とも沿道で大声上げて応援したのを覚えている。
誠に小さな夢ではあるが、親父の果たせなかったタスキをつないで、高校の部優勝に一役買ってくれた昔がある。
今はアタシはもちろん、せがれもジョギングなど日常的にはやっていない。ただ倅の場合は職場対抗レースなどには選手として声が掛かるようである。
紅葉もそろそろ終わりを告げるこの季節は、遠い昔のちょっと切なかった青春がチラッと頭をよぎる季節でもある。
夢は果たせなかったが、せめてウオーキングに精を出して、健康寿命を延ばす努力は、まだ間に合いそうである。