❝ 押し開く小窓と初夏の青空と ❞ 坪内 稔典
コロナ禍に押され続ける日々、倦怠感も増し、なんとなくジレンマも感じる梅雨のさなか。
庭先に咲くアジサイの薄紫がなんとも心地よく感じられるとは、少しバイオリズムが狂っているのかな?と自分で自分を疑ってみたくなる。そこまで落ち込んでもいないし、閉塞感にさいなまれるほどでもないのに、やはり気分はブルーだね~。
そんな気持ちでテレビを見ていたら、コロナ注意のテロップで「倦怠感を感じる人が37%」と流れていた。どこで、誰が、何のために調べた、どんな結果で言っているのか詳細不明なのでなんとも同調のしようもないが、何かしら物足りない日々を感じている人が結構いるということか。
今日の句の作者坪内稔典さんが、蔵書の書庫として借りている倉庫の持ち主が、倉庫の立ち退きを命ぜられたので書庫を明け渡せと言われたとおっしゃる。「断捨離と言う言葉が嫌いで、膨大な蔵書の処分をしないまま今に至った。そろそろ処分しないと手に負えなくなる、とカミサンにこぼされている」と正直な気持ちを書いておられた。
そっか~、世の中には蔵書のためだけに倉庫を借りて書庫にする人もいるということか。
そこへ行くと私などは、家中の本という本を集めても高が知れている。段ボールの数個もあれば断捨離出来る量でしかない。それでもいざ処分となると「これもあれも、それぞれに思い入れがあって手にしたんだよね~」と、手許に置いてしまう。
それでも、たとえばこの自治会の中で数人が蔵書を持ち寄って、古書市でも開こうと言うのなら話しは別である。それこそ持って行ってくれる人があれば熨しを付けて進呈したい。
でもまあ考えてみれば、コロナコロナと落ち込む日々に、何冊かを引っ張り出して再読してみるのも、気持ちを紛らわす役に立つかも。やってみっかな、さてどうかな??