水鳥や夕日きえゆく風の中 久保田万太郎
ふと思い立って、ジャンパー引っかけ外に出る。兎に角歩こう。どこへ行く。
山側をたどるか海辺を行くか。風もない、どちらを誘う声もない。兎に角足を動かしてみる。ついつい歩き慣れた方に足が向く。孫三兄弟も、姫孫姉妹も率先してジジの手を引っ張る海辺の道である。
今日はそんなジジの手を引くものはない。患っている左手はジャンパーのポッケに入れて、元気な右手を振ってバランスを保ちながらひたすら歩く。
おかしなもので「リハビリ」の文字を頭に浮かべると、歩くことが爽快になってくるし、内股加減に胸を張って、お散歩ではないウオーキング。時に肩甲骨を伸縮させる宿題のリハビリもやってみる。陽が傾く前の海の公園は、ペットの散歩あり、孫と散策の姿もある。
すぐ近くの波間には、数十羽のカモの一団が小競り合いをするでもなく、競ってエサを漁る様子もなく、ただ悠然と波のまにまに揺れている。いつも見慣れた何でもない光景なのに無性に新鮮さを覚える。水面に浮かぶ水鳥のように、欲も得もなくただ呆然と眺めるといった気持ちのゆとりを、しばらく忘れていたのだろうか。何を焦る。
「40数日の入院は貴男にとって決して無駄ではありませんよ。貴男にとっては最高の休養というプレゼントを頂いたのですよ。焦らないでね、私は100歳を生きようと娘と約束しましたから」。
退院直後に、大先輩の女性からこんな電話を頂いたのだった。
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