「ぜんまい」
魚沼地方では慶弔何につけてもの、ご馳走の一つに「ぜんまい」の煮物がある。
我が家の下手に、標高差百メートル余り、斜度は平均で四十度以上は確実な斜面と言うより崖と呼ぶべき山がある。
この雪深い魚沼の地にあっても、雪がとどまる事は無い斜面なのだ。
雪が積もらないのだから春の訪れは一番に来る。
四月から五月にかけ、暖かい日差しが続くとまずその斜面のぜんまいが一番に採り頃となる。
毎年の事となると大概の太い「ぜんまい」の根は分る。
しかしその斜面でも、一等品のぜんまいは急斜面の殆どオーバーハング状態の先端近くの、
全くつかまる木も無い、とんでも無い所にあるのだ。
登山家ガストン・レビュファの「北壁に舞う」のようだ、なんて洒落は消し飛ぶ。
事実滑落し三ヶ月も入院した人もいたのだ。その本当にきつい崖の「ぜんまい」を狙う奴は近所でも私ともう一人。
行ってみて採った跡を見ると、次ぎに会った時、お互いに、にやりと笑いを交わす。
その峻険な斜面はその斜度がゆえに、あの中越地震で、山頂付近から一気に崩れ落ち、
崩落土は上越線の線路を埋め尽くし、国道まで届くほどだった。
剥き出しなってしまった斜面を見て、元の姿を取り戻すには、三十年もかかると思った。
しかし、逞しい自然はちっぽけな人間の想像を越え、
数年後には一部を除いてほぼ元の姿を見せてくれたのだった。