朝から駅のホームにカメラを持った人たちが何人も何かを待っていた。
ホーム端に居るので何が来るのを待っているのかと聞くこともならず彼らの様子を見ていたら電車が来た。
電車は自走しているのでなくて、先頭の機関車によってけん引されている。
専門用語では「配給列車」と呼ばれ略号「配〇〇〇レ」です。(〇は数字が入り下りは奇数登りは偶数)
スベルべが在職していた当時はJR新潟支社新津車両製作所という名前の工場で作られていた。
その後平成26年に改組され総合車両製作所新津工場と言う、別の会社名になったらしい。
そこにはバドミントンを一緒にした仲間、チーム「フォルテ」のメンバーが何人も居た。
でも、彼らも定年を迎えるころでしょうね。「フォルテ」が解散してからは音信不通です。
電車は去り、先頭車にあたる部分が見えます。
首都圏のどこかに運ばれ、新造車両として活躍するのでしょう。
首都圏の皆さま、この電車を見かけたら、新潟県新津市で作られたことを思い出してください。
まだ、バドミントン仲間が在籍していたならば、彼らが作った電車ですから。