“ずっとずっと好きな人がいます でも いつも子供扱い 私は23になったのに・・・
幾つになっても最初に会った年のままに思われているのか
幼い頼りない恋心と思われているのでしょうか
対象外なのかもしれません
落ち込むことがありました 助手してる料理学校の仕事が終わり 買物して帰ろうと行きかけた道で ばったり女連れのその人と出会ってしまいました
「今帰りか?一緒に飯でも食うか」
連れの女性は露骨に嫌な顔をした 私だって お邪魔虫になるつもりはなくて
「今日は急いでいるので」
「そっか~またな」 手を振って歩き出すその人の腕に その女性はしっかり腕を絡ませた
うん馴れてるわ 女性連れの その人と出会うのは どうせね どうせ
33才だもの 他に付き合ってる女性がいて当然
三城千尋は私にとって母方の従姉妹で 遠矢啓介は千尋の父方の従兄弟 つまり私と遠矢は赤の他人 血の繋がりは全く無い でも千尋をはさんで まあ平たく言えば子守やら家庭教師などなどしてもらってきた 親戚のお兄ちゃん・・・と言っていいかもしれない
だけど私にとっては初恋の―大切な大切な人”
従姉妹の千尋から 事故に遭って集中治療室に入っている千尋の従姉妹 葉宮珠洲香(はみや すずか)の日記を渡された遠矢啓介は その最後の頁に困惑と罪の意識を覚えていた
―相手は十(とお)も下の小娘だ
しかも長い間付き合ってきた恋人と つい最近 結婚を決めたばかりだ
鮮やかに若く純粋で美しい娘珠洲香
日記を渡した千尋の目は 啓介を責めていた 「知っていたのでしょうに あのコが お兄ちゃんを好きだったこと」
で どうなる?―彼は苦笑せざるを得ない
大人の男の決断てものが あるのだ
死ぬか生きるか 助かるか助からないか 自分が病院につめていたところで どうなるものでもないさ
自分に言い聞かせ 婚約者とのデートに 彼は向かった
何年も結婚を引き延ばし 待たせてしまった責任が自分にはある
「啓介さん!」
「な・・・何!?」
「わたしの話聞いてないでしょ 結婚式についての相談なのよ」
「君の好きにすればいいさ」
「投げやりね どうでもいいってことじゃない」
「悪かった 気になることがあって」
「何なの?」 で珠洲香が事故にあった事を啓介が話すと 途端に彼の婚約者 奈須さつきの表情は険しくなった
「以前に会ったあの娘でしょ 白いカーディガンの似合う」
いつにないキツイ視線が啓介に向けられた
「貴方はわたしにプロポーズしたのよね」 さつきは溜め息をつく「まったく なんでそんな後ろめたそうな顔をするのよ 小さな頃から知ってる人間が生死の間をさまよっていたら 心配するのは当たり前じゃない」
「だよな」ほっとしたような啓介
「貴方 自分で気付いてない?」
さつきの言葉の意味が啓介には分からなかった
「まいったわ・・・結婚する前でさえ わたしは貴方にとって一番じゃないのね」
「俺は君と結婚するんだぞ」
「長いこと付き合ったからとか そんな理由なら願い下げだわ 貴方 わたしを一番愛してると言える?」
黙り込む啓介
「いいわ結婚やめても」
「おい!」
「今のままの貴方と一緒になっても わたしは幸せになれない 幸せでいられない」
「結婚なんだぞ」
「だからじゃない 一生は長いわ 学生時代付き合ってた 五年十年 友人だった 恋人だから ただそれだけの理由で一生を棒に振る気はないわ わたしと仕方無く一緒になる いるだけの男なんてほしくない」
さつきはレシート持って立ち上がる 「わたしから電話はしないわ」
男は一人残される
珠洲香は そんな経緯を知らず 無事に意識を取り戻し 生命の危機は脱した
見舞いにきた啓介の姿に頬を押さえて恥じらいを見せる 「素顔だし きっとひどい顔だわ」
「珠洲香ちゃんはいつも綺麗だよ」
「私はまだオムツが必要な子供に見えるのね」
「君を必要としてる男はきっといる 僕に必要な女性が見つかったように」
「ずっとずっとね好きだったの」
「君は乗り越え こんなジジイに捕まらないで良かったと思う日がくるさ」
「ううん」 珠洲香りは首を振る
片恋は適わないからと急に 想う気持ち心は消せはしない 抜けない棘のように心を刺し続ける 傷みは残る
―私の方が若いのに 幸せにしてあげるのに それでも駄目なの? どうして私ではいけないの―
言いたい事は いっぱいある でも言えない 問えない言葉 彼は選んだのだから
あの女性は 私の気持ちが分かったのだ
それは遠矢啓介という一人の男を愛しているからこそ 気付いた
「さつきさんは?」
「ふられた」
「え?!」
「迷うような男はいらないそうだ」 明るく笑う啓介
「そんな・・・」
いたずらそうに人の悪い笑みを啓介が浮かべた「見てろよ 簡単にふられてなんかやるもんか」
―ああ こういうところが好きなんだと 珠洲香は想う
―私は 他の女性が好きなこの人が好きだったんだ
そして―屈折してるわと 苦笑い
たとえ他の女性と結婚しても 一番好きだった男性
葉宮珠洲香は暫く泣くだろう
だけど 彼女は言った 「頑張って 幸せにね」
「おう!」拳を軽く上げ 爽やかな笑顔で啓介は病室を出て行く
気を遣って病室のトイレに隠れていた三城千尋は 「いいの?」心配そうに尋ねる
「う・・・ん 完敗 さつきさんは捨て身で賭けたんだわ 相手は死にかけた若い娘 啓介さんが戻ってくる事はないかもしれない このまま失ってしまうかもしれないのに
啓介さんに考えさせる 自由な選択
私なら そんな怖い事できない 黙って気付かないふりして式を挙げてしまうわ」
「珠洲香も ええかっこしぃのバカじゃない」千尋は笑って「キューピッドになりそこねちゃった」と言った
「なりそこないの天使かぁ 千尋に似合う」半分泣きながら珠洲香も笑った
さて奈須さつきのマンションの前 紅い薔薇のでかい花束抱え 啓介は 彼女の帰りを待っている
行き交う人々にじろじろ見られても いっこうにこたえる気配がない
やがて さつきが帰ってきた 「結婚して―」言いかける啓介を無視して さつきは通り過ぎようとする ばっと花束ごと啓介は両手を広げた「とおせんぼ」
さつきは呆れた
「捨てたら悪霊になるぞ」すかさず啓介が言った
「なんでわたしが こんなアホひきうけなきゃいけないのよ」
「さつきが嫁さんにならないと俺が不幸になるからだ」と威張って答える啓介
「愛してるって言ってみて」
「あ・・・~」
「発声練習じゃないんだから わたしの耳が聞こえなくなっても 啓介の声だけは聞こえるように 大きな声で言ってよ!この先何があっても覚えていられるように―」
さつきは泣いているのだった 啓介は真顔になった 「愛してる!愛してる!愛してるぞ!好きだ!大好きだ!」
啓介は繰り返す
「ばか・・・バカ!馬鹿・・・」
「ごめん 悪かった」 「出会ってから ずっと啓介が好きよ 何度も諦めかけたけど わたし・・・ だけど啓介が不幸なのも嫌なの わたしといる事で啓介も幸福であってほしい 仕方無く一緒になるのは嫌 惰性でいるのも ちゃんと わたしに恋していてほしいの」
「突き放されて分かったんだ 一番失いたくないのは君だ すまなかった」
愛しい相手に紅い薔薇 花束はやがて枯れてしまうけど 花の記憶は消えない
どうか幸福が訪れますように 愛する人へ 祈りを込めて