数日後 料理教室まで 橋本が訪ねてきた時 珠洲香は驚いた
授業を見学したい―と言う
「それは構いませんけれど」 橋本の意図が掴めなかった
「仕事にこじつけた個人の希望です」と橋本は答える
首を傾げる彼女を 彼は好もしげに見つめていた
料理教室は花嫁修業の若い娘か子育てが一段落した女性が生徒なので 時ならぬ見学者に みんな楽しそうであった 少し緊張する者
「恋人はいるのかい」話しかける者 反応は様々だ
人慣れしているせいか 穏やかな笑みを浮かべつつ 橋本は応対していた
珠洲香の仕事が終わると 「今日のお礼に―」と食事に誘ってきた 生活が不規則で悪友と飲むくらいしか たまの休みも使い道がないのだ―と笑わせる
「ちょっとした夢があって・・・」 橋本の両親は民宿を経営しているそうだ 将来は自分も後を継ぎたい ただ残念ながら料理の才能はからっきし―なのだと言う
「あなたが料理教室の先生と伺い これは運命だ・・・と僕は思い込んだのです」
「・・・・・」
「僕の夢 僕の考えを知った上で お付き合いしていただけないでしょうか」
会うのは三度目だが 話すのは これが初めてだった
心の奥で羽ばたきするものと 急には信じがたいものがある
「わたし・・・」
「最初は友人として で いいです すぐさま恋人になれるなんて自惚れちゃいません」
年齢はいってても珠洲香には 遠矢啓介への片恋以外に だれかを好きだと思ったことも 男と交際した経験もないのだった
それから休みの都合がつくたびに 橋本は珠洲香に会いにきた
会えない日は電話してくるようになり―
ある日 どんな話しからか 子供の頃以来 海水浴へ行ってない それから互いの友人を誘ってみんなで海水浴へ行こう という話しになった
美智留も早智子も都合がつき 橋本も友人二人と来ると言う
8人乗りの車で男三人は女性陣を迎えにきた 男の一人は あの仁慶だった
車に乗る前の簡単な自己紹介で 今一人の青年は 高倉聡と名乗った 肉屋の息子だと言う 珠洲香も名前は知っている店だった
運転席に橋本 助手席に珠洲香 二列目に早智子と美智留 三列目に仁慶と聡が座った 車内では お菓子が回され 子供の遠足状態だ
珠洲香は出会いが出会いだけに 仁慶と会うのは気まずかった
それで車を降りた時 謝りに行った
「とても失礼な態度をとってしまいました ハゲハゲと連呼するなんて 本当に毛が無い・・・ 禿げた方相手にさえしてはいけないことです 申し訳ありませんでした」 深々と頭を下げる珠洲香を眩しそうに見て 仁慶は 少し口ごもる 「いや・・・こっちも大人げなかったし・・・」 ちょっと黙ってから言いかける 「もし・・・」
「え?」見上げた珠洲香に 軽く首を振り言い換える 「あれは あれで楽しかった 思いきり言い合うのもストレス解消になるね」
「そう・・・ですね」困ったように笑い一礼して 橋本の所へ珠洲香が歩いていく
仁慶は頭の中で本当に言いたかった事を繰り返す
「もし先にわたしと再会していたら―」 言ってはいけない言葉でもあった 彼女は橋本と付き合い始めている 友人が本気らしいことも判っている
ああいう出会いでなければ
遅いだろうか
海水浴だから水着に着替えたものの 気恥ずかしく 珠洲香は膝までのパンツと 薄いシャツを脱げずにいた
橋本はさっさと水着一枚になり堂々としている
仁慶が帽子を被っているのは 頭を気にしているのだろう
「ボート借りて来た 乗りませんか?」 珠洲香を誘う橋本を男二人が冷やかす
「やっかめ やっかめ」
橋本は余裕で受け流す 頬を紅潮させながら 珠洲香は橋本についていく
「どうして―」
「はい?」
橋本は足を止め珠洲香が横に並ぶのを待ち 言った 「どうして水着にならないのかな」
「お見せできるほどのスタイルじゃないので」
橋本はきょとんとした 「見たところ 脚の形もいいし長さにも不都合はないみたいだけど?」
「人前で脱げるほど自信ないんです」
「僕は見たいな―」 まっすぐに珠洲香を見て 彼女が真っ赤になると 嬉しそうに笑った
漕ぎ出したボートの上でも 「オールで両手がふさがっている 今なら何もできないから 上だけでも脱いでくれないかな 一所懸命に漕ぐ男への力づけに」 橋本は漕ぐのがうまかった 腕の動きに無駄がない 「漕ぐの上手ですね」 「学生時代に少しね 仁慶や高倉も同じ部だったんだ」
橋本の視線はからかうようだった
珠洲香は度胸を決めて羽織っていたシャツを脱いだ
一瞬橋本の目が珠洲香の胸へ釘付けになる
そして―
「やっぱ刺激が強すぎた 上着を着ていて下さい」
「?」
「僕は思ったより独占欲が強いらしい 水着姿といえど 他の男に見せたくない」
言葉を失う珠洲香に「自信持っていい たまらないほど魅力的だ」彼は そう言うのだった・・・・・
高倉と仁慶 美智留と早智子は打ち解け それぞれ楽しそうに話していた
「じゃ三人は学生時代からのお友達?」
「腐れ縁という奴だ」高倉は仁慶の帽子を脱がし「悟れぬ奴め!恥ずかしいと思う心こそ恥なり!」などと言う 「よくも髪型の話題に触れたな~~~」と仁慶 取っ組み合う二人を横目で見ながら橋本は平然としている「野獣はほっとこう」