“あなたを見つめていたい ただずっと・・・
あなたの傍で生きていたい
愛しています 愛しています
わたしは繰り返す
うけとめられるはずもない想いをおくりつづける
あなたが好きです 好きです
ただ繰り返す”
いい年をして従姉妹の葉宮珠洲香と交換日記している千尋は 時々相手の感性にめげそうになる 珠洲香はいかにも女の子 女の子した 女の子なのだ 母親が娘に欲しいと願い お嫁さんにきてほしいと思うような
千尋はそういう可愛らしさは 持っていなかった 年も同じで一番仲の良い従姉妹ではあったものの
珠洲香ほどではないにせよ 先日結婚した遠矢啓介のことは少し好きだったのだが ただの軽い憧れだ
余り恋愛は得意ではない ―あら いいじゃない―と思っても―きっと彼女いるよね―と始まる前に ひいているので恋に発展しようがない
だから「付き合って下さい」と急に言われた時 「へ?あたしの事ですかい」―と随分間抜けな受け答えをしてしまった
まさかそんな返事が返ってくると想わなかったのか 相手も困った表情に しかし素早い立ち直りを見せ 言った
「奈須さつきの弟で奈須一(はじめ)と言います」
―何を血迷って自分なぞに・・・と千尋は思う
「あの・・・一体あたしの何処が貴方にアピールしたんでしょうか?」
「スピーチが面白かったので」
―あ・・・侮れない―千尋は一を見直した
いい意味での「見直す」でなく ほんま変わったやっちゃで―という目で
“優しいと言えば聞こえはいいですが優柔不断で人任せ 余りに鷹揚で ―それでいいのか・・・おいおい・・・ なんてところもあります 新婦のさつきさんにはおおいに手綱をひきしめていただいて”
それほどうける内容だったろうか
おかしな男だ~と言うのが 三城千尋が奈須一に対して抱いた印象だった
「その人と微妙にずれた反応が面白くて ああ もっと話したい そう思ったんです」と一が言った
ま・・・あ悪い人ではなさそうだ―と 付き合うことにした千尋だが ―何ごとも経験だし―
一の誘いは 渋かった 落語 講談 浪曲
これはデートなのだろうか?と千尋は悩む
世間一般の言うデートとは違うような気がするぞ・・・と
これだと同性の友人と同じなのでは? もしや異性と見られていないのか
さて一には一の言分があるのだが
「映画?」
「見たいのがあるの」 「う・・・ん」
「映画嫌いなんですか?」 一は困った顔になる
「う・・・ん 映画館って暗いでしょ?」
「暗い所 怖いんですか?」 軽く目を見開く千尋に 一は言った
「暗いと悪い事したくなるんだ スケベなもんで」
「はぁ?!」
「寄席とか演芸場は明るいよね それと千尋さんの笑顔が見たかったんだ 笑うと たまんないほど可愛いから」
こんなやりとりで不本意にも千尋の心臓はドキドキした
相手の笑顔が見たいから 冗談を言い続けるなら まだ判る でも そこで何故落語!
あたしより よっぽど変じゃないか~
「何されてもいいってんなら映画館行くよ」
「えっと~一さんは あたしが好きなんでしょうか?」
「うん!」嬉しそうに一が笑う
「じゃスケベ心はしまっておいてね」
「いつまで?」
まるで漫才みたいなやりとりじゃんか こいつは~~~
「と・・・取りあえず一年!」
自棄になって千尋が叫ぶと 一はちょっと哀しそうな目をした
「なが・・・すぎる」小声でぶつぶつ独り言「男として健康に悪いゾ」
「いっそ入院してしまえ!」
やっぱ付き合ってられん こんな奴
方向転換して千尋はスタスタ歩きだす
「千尋ちゃん大好きだぁ~」 ゴールデンレトリーバ―のような目をしたデカい男は 後ろから千尋に抱き付いてくるのだった
「ええぃ五月蠅い汚れる放せ」
「やだい」
「殴るぞ今に」 漫才のような会話 冗談の繰り返し でもって一年後 一が言った 「結婚しよ 一年経ったし」
「はい?」
「一年したらスケベな事していいって千尋ちゃん言ったし なら結婚して おおっぴらにイチャイチャしよう」
ああ その理屈が判らないと千尋は思う
「正直一目惚れ だれ?あの人 そしたら式の司会者が指名してスピーチ
わ~おわおと叫びだしたい気分だった
君が好きなただの一人の男 君の笑顔を見るだけで嬉しい単純な男 そんな男の嫁さんになってくれないかな?」 「はい・・・」以外の返事は出てこなかった 一の勢いに負けたのだと千尋は思っている
しかしそれは シアワセな敗北だ