少し先の話をしよう
そう2025年あたりか
18年あれば少女は大人になる 少年は若者に
これは又キリスト教とイスラム教が共存する不思議な国が舞台となる
そもそも その国のはじまりというのが 十字軍の時代
国を越え宗教を越え愛し合った恋人達
西洋の姫君と沙漠の戦士 二人はそれぞれの掟を破り 逃げた 生きる為に 同じ想いの人間が後を追い―
キリスト教からもイスラム教からも異端視される国ができた
大地の下に豊富な石油が眠っていた事から 豊かな国となり
それはその国に力を与えた
{王家の血筋を絶やさない為に 妻は複数持たなくてはいけない 一人の妻だけを偏愛してはいけない
王たる者 公平に愛せよ}
西と東が融合した不思議な国にも掟はあるのだった
次の王の地位にあるカシムの悩みのタネでもあった
ふさふさ豊かな黒い巻き毛 藍色と紫色混じった不思議な深い瞳 アレキサンダー大王の彫像にも似た彫りの深い端正な顔立ち 長衣の下には触れれば弾き返されそうな鍛えあげた筋肉
格闘家としても ひと財産作れそうな体格だ 他に王子がいないわけではないが 紅海に道を開いたモーゼのように不可能を可能にする 漲る力を 人々は この青年に感じる 夢を見る
王となる者の務めとしての縁談もかなりの数 届いていた いずれ相手を決めるのだろう
カシムは父の代理で 様々な声を聞き 問題を解決し報告を受ける 半分体を流れ 数年暮らした日本には 今も興味を抱いている
何気に日本語学校の新しいピンチヒッターの教師名をチェックしていたカシムは そこに意外な名前を見つけた
高倉史織 橋本亜依香
史織 黒目勝ちの瞳 意志の強そうな口許
笑うと笑窪ができる左頬
亜依香 すんなり手足長く背の高い少女
『あの頃 史織ちゃんを国に連れて帰りたかった
だが―』
「この二人の女性だが・・・」
「今月半ばに入国する予定となっています」 「間に合うなら―」
そこでカシムは思い返す『これは私情だ』
カシムと史織 亜依香達が旧知の仲であることを利用しようとする者がいるのかもしれない―そう案じてカシムは眉を寄せる
時々送られてくる報告で 日本の昔馴染みの消息は知っていた
一見白く見える城壁にも 戦いによる人の血で染まったことも数しれず
人は人の為に命も賭けるが 裏切りもする
ふわりと長い睫毛を下ろし感情を隠す
カシムの一挙一動に居合わせた者達の視線が集まる
彼は微笑んだ 「少し休憩を入れよう みな腹は減っていないか」
その同じ時刻に日本では
「ペンションはどうするのよ お兄ちゃん」 日本語教師として外国へ行く妹 亜依香に 自分も行くと兄の一郎が言うので 少しもめていた
学生作家として文壇にデビューした一郎は 田舎に引っ込み親の代からの建物を改装しペンション経営を始めた両親を手伝っていた
「新作の体験取材だって言うさ 古いことを言うようだが 嫁入り前のしかもとびきり美人の妹と幼馴染みを この目で確認もせず 野放しにはしないからな」
「ちょっと何よ 二つしか違わないじゃない」
「いや俺は相手の国を心配してるんだ 何しでかすことやら
戦争だってひきおこしかねん」 優しげな顔の一見文学青年ふう だがペンションの手伝いで重い荷物も軽々な 服を脱いだら それなりに凄い・・・ 一郎は 喧嘩慣れもしている
色白 成績優秀 女生徒の人気を集めたことから
「あいつにヤキ入れてやれ」 そう言ったグループが逆に ヤキいれられたとか
数々の謎の伝説持つ男なのだった
喧嘩に負けないコツを聞かれて 「親不幸しないと決めている」と答えたとか
「親からもらった体に傷つけちゃ駄目だからね」 という理由なのだとか 188センチの長身は目立つ上 女性には優しい
ホテルマンだった父に仕込まれたマナー
「単なる外ヅラいいだけの巨大猫かぶりのくせに」
「商売に愛想は必要だ」 動じず しゃらっとしている
だが今まで難色を示していた娘達の両親はどちらも 一郎がついていく事となり 安心したようだった
余り知られていない謎の国へ 作家の一郎が行くということで ガイドレポート エッセイの仕事もかなり入ったらしい
光栄社の担当で若き編集 小川は泣いた
「亜依香さんがさらわれないように僕も行きますから!」
小川翔太は自分が担当する作家の妹に熱をあげていた
一郎は言う 「命が惜しかったらやめておけ 見掛けは確かに綺麗だが ありゃとんでもないぞ」
さて今一人 高倉史織は ひょんなことから昔可愛がってもらったカシムお兄ちゃんの国へ行く事となり 不思議な巡り合わせを感じていた
知らない国へ行く不安は 親同士が親友であることから イトコのような感覚で育ってきた 一つ年上の橋本一郎と その妹の亜依香も同行することで薄らいでいた
―あっちは王子様 きっと会えることなんてないわ―
アルバムの古い写真眺めて 成長したカシムを想像してみる史織
史織は一つ年下の亜依香より 逆に年下に見られる 背も亜依香の方が高い 栗色を帯びた髪は肩あたりの長さで パーマで軽いウェーブが入れてある 可愛い感じの美人になるだろう
幼馴染みから送別会もしてもらい ばたばたした日を過ごした彼らは 無事に日本を出国した
そして入国 湖近くの空港へ
出版社が手配してくれた迎えの車へ向かう彼らに銃弾が飛んできた 一郎は連れの娘二人を 引っ掴み床に倒し体で庇う
複数の走る音
長身の青年が英語で話しかけてきた
「失礼しました わたしは警備の者です お怪我はありませんか」
「大丈夫です」一郎も英語で答えた
警備の青年は娘二人の美しさに驚いている
日本から到着早々 史織達が襲われた事は すぐカシムに知らされた
調査を命じたカシムは手配を済ませると 彼らに会いに行くことにした