濡れたような黒い瞳が 俺を見つめ 頷いた
行き先を近くの喫茶店にして駐車場で落ち合う
「このたびは 色々ご迷惑かけて―」早智子さんが頭を下げる
肩が細い 随分痩せたのだ
「こんな時間にサ店入るの久し振りだな なんか後ろめたい気がする」
早智子さんは くすりと笑った
サンドイッチセットを頼むと まだモーニングサービス時間中で どっさり色々ついてきた
早智子さんはパンケーキセット こちらもうまそうだった
「いかがですか?」と分けてくれる
「じゃ これを」サンドイッチを渡す指が触れた
ドキリとする
食べ終わり コーヒーをひと口飲んで 思い切って言った
「あなたが好きです」
早智子さんが 俺を見る
「ご覧の通り たいした男じゃない ただ これからの人生に あなたがいてくれれば あなたや史織ちゃんと暮らしていきたい」 なんとか言い切った
「あたしは 災難を呼ぶ女なんです」
「大山さんの事なら あれは不幸な事故だ」
「あたしは一人で生きていった方がいいんですわ」
「好きか嫌いかだけ言ってほしい」
「だって だって・・・」早智子さんは激しく首を振る「あたしは もう誰も好きになっちゃいけないんです」
「じゃあ 俺は一生独身だ」
「だって何も あたしでなくても 聡さんなら―」
「諦めの悪い性格でね ずっと早智子さんが好きだった」
「あたしは もう大切な人を失いたくないんです」
押しても駄目なら ひいてみな 自分の想いは伝えた
「迷惑ならすまない
切なる恋人が無理なら 良い人生の相棒でいい せめて男として見てほしいんだ」 伝票持って席を立つ
良き友人の座も失うかもしれないな
痩せ我慢して見栄はって
三日会わずに我慢した おかず用に極上のステーキ肉 絶対美味しい焼き豚
それから史織ちゃんにメロン
花屋に寄って鉢植えの桜草 ケーキ屋さんでアップルパイ 酒屋で缶ジュース箱ごと 薬屋でティッシュ トイレットペーパー
魚屋で鯛
なんか近所の商店街で順々にあれこれ買い込んで
車いっぱいにして 早智子さんの家へ行く
馬鹿みたいだ―と言う自覚はあった
血相変わっていたらしく
誰かが仁慶に連絡したらしい
「肉屋の聡ちゃんが馬鹿始めた」―って
どんな暇な町内だよ?!
赤面ものだが車のあと ついてきた奴もいるらしい
見せ物か?俺は
勿論その時は気付かず 後で知ったんだけどね
ドアを開けた早智子さんは 次から次に品物を運び込む俺の妙な行動と 俺の車の後ろにいた見物人に言葉を失っていたようだ
ひきつり笑顔で玄関のドア閉めて・・・
「聡さん?」
「うん?」
「この荷物は?」
「いや ま つい買っちゃって」
困ったような吹き出しそうな顔で 早智子さんは「有難うございます」と だけ言った
奥から顔出した史織ちゃんが「わ!メロンだ ありがと」と 声をあげる
「みんなで食べましょうか?」早智子さんが言うと 史織ちゃんは 「お手伝い お手伝い」と ガラスの器 下に敷く皿 先が割れたデザートスプーンを取りに行く お盆に食器並べて 切り分けられたメロンが載せられるのを待っている 壁には史織ちゃんが保育園で描いた絵が飾られている
「いただきます」両手合わせて早速ひと口食べて「おいしい~」と笑顔
「ほんとね」と早智子さんも微笑む
うん この笑顔が見たかったんだよ
それだけで満腹になった
「ごちそうさま」と言って席を立つ
母と娘は怪訝な表情
「見たいものは見たから」
「え?」と 問い掛けの声上げる早智子さんに俺は答えた 「君達二人の笑顔」
言葉を失う早智子さんに「また来ます 戸締まりはしっかりと」そう 声をかけた
好きって思いを伝える ぶつけるだけじゃ駄目なんだ どうしたら好きになってもらえる 男として見てもらえるのか
仁慶や橋本はどうだったんだろう
何をもってして恋にできたのか
格別いい男でも垢抜けてもいない男は どうすりゃいい?
帰宅した駐車場でサイド・ミラー覗いてると 背後から輝く頭の怨霊が 人の心を読んだように 「何しろ無駄にデカいだけ 頑丈という唯一の取り柄も こないだ倒れて無くなったし―」
「お前ね~」
「薬屋の おケイがコンドームは買わなかったからバカなことはすまいが 切羽詰まった顔してた そう心配して電話かけてきた 遂に狂ったか?」 とニヤニヤ笑う
「で様子見にきたって? お前が住職になったら潰れるんじゃないか?」
「ふっふっふ 美智留似の愚息をジャニーズばりの美男僧に仕立てるから心配いらない」 「なんで美智留さんみたいなシッカリ者が お前みたいに妙な奴に」
「困った時の関西電力 NTT」
黙っていれば それなり和風いい男系の坊さんが 妙な笑顔で 意味不明な発言を
「俺 お前にだけは相談しない まとまる前に破壊されそうだ」 真顔で言ってやった
「カシム君が史織ちゃん口説くのが早そうだ 寺に来ては裏山でグレート・デンのチビ犬を調教師と訓練している 帰国が近いんだってな」
「行っちまうと寂しくなるな 生意気なガキだが」
「押して押して押しまくれ 押し倒せとは言わないが 後悔しかない人生になるぞ ま 頑張れ」
頼りになるのかならないのか 坊さんは揚げ物の入った袋提げて すたすた歩いていく あ 一個つまみ食いした 小学生かよ?!
夕方は栄三郎が店に入ってくるなり 俺を見て爆笑した
だから言ってやった「楽しい人生らしくて いいね」
「ま恋すりゃ誰でもバカやるもんだ ついでにご町内に明るいニュース提供して 名物男になれば店の宣伝にもなるし 素晴らしいな お前って」
口と足の長さでは こいつに敵わないのだった
「お徳用バラ肉1キロ 豚ミンチ1キロ 合い挽きミンチ1キロ
豚塊肉1キロ
あとヘレカツも5枚ばかし頼む」 「買い方がしっかりしてら」言えば栄三郎も笑った
「奥さんの言いつけなんだ」
「締まりない顔しやがって」栄三郎の妻 珠洲香さんは料理学校で教えている
教材用の肉も うちの店から入れてくれていた
ウチは1キロまとめ買いしたら 肉の価格でそれぞれ割り引きがあるのだ
「明日あたり久し振りに飲まないか? 嫁さん同士も 子連れで ちょいと集まるそうなんだ」
で留守番の淋しい男が集まるか
「いいよ 場所決まったら教えてくれ」そう答えた