道路の中央線近くに黒いハイヒールが落ちていた いったい誰のモノなのかもわからないけれど
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それはまるで誰かが履いてでもいるように道路にまっすぐ立っていた 片方だけ
何時間も何時間も
交通量も多い場所なのに ずっとある
何かの執念が宿ってでもいるかのように
曇り気味の日だった 激しく雨が降ってきても靴の中には水が溜まらない
やがて日も暮れる 時間が流れていく
深夜近く 靴にうっすらと白い足首が生えた
まるで誰かを待っているように
何かがいるのか
誰かがいるのか
一台の車が近づいてくる
と靴が動いた
運転席の男の頭の中に声が響いた
「遅い! 待ちかねたわ!」
次の瞬間 飛んできた靴は車を突き破り 運転席の男の後頭部に突き刺さった
事故発生の知らせにやってきた警察官は頭をひねる
靴が刺さっている
どうしてこんなことができたのか?
死んだ男は思っていたー死体は遠くへ捨てたのに なんて執念深い女なんだー
前日の同じ時間 仕事帰りで疲れていた男はつい信号無視をしてしまい 横断歩道を渡っていた女性を轢いた
遅い時間 誰も見ていなかったのをいいことに 男は轢いた女性をトランクに入れ 山へ捨てに行った
男にはそれで済んだことだったが 脱げたハイヒールが残っていた
死んだ男の前に今度は全身を見せた女性は言った
ーただ死んでたまるものですかー
このぶんでは 死んだ男は 轢き殺した女性に当分つきまとわれそうだ
ー2-
予約した店の入り口で青年は頭を抱えたくなった
彼女の誕生日 欲しがっていた靴を注文して取り寄せたのに・・・・・
ああ 袋が破れている 片方の靴を落としてしまっている
花束も買った それからもう一つ 心をこめて選んだ品も
でも 遅い 彼女はー来た
来てくれた なのに俺のドジ
日頃スカートをはかないのに今日はお洒落してきてくれている
薄化粧まで
化粧品の匂いが嫌いとめったにしないのに
俺のためって己惚れてもいいのだろうか
係りに予約した席へ案内される
注文を済ませ 青年は彼女に言う「お誕生日おめでとう 来てくれて有難う」
花束を渡した
彼女をイメージしたピンクの蘭と小さな可愛い黄色の蘭の組み合わせ
「ありがとー」
「あと謝らないといけないことがある」
青年の言葉に彼女は不思議そうな表情になる「?」
黙って紙袋を見せる 袋は破れていた 青年は箱を開ける
靴は片方しか入ってない
「落としちゃったんだ ごめん また注文しなおすから 誕生日には間に合わないけど」
「これ 前にわたしがショーウインドー外から眺めて 欲しいなーって言った
あれ覚えていてくれたんだ」
「君が言ったことは忘れない」
「有難う 食事おごってくれるのと 花束だけでも もう十分嬉しいのに」
青年は彼女を誕生祝いをするからと呼び出したのだ
時々一緒に映画を観る ドライブに行く
だけど青年は「それ以上の存在」になりたかった ずっと
切れない縁を結びたかった
注文した料理が届く
彼女は目を輝かせおいしそうに食べていた
言い出すのを食事が終るまで青年は待った
デザート
食後のコーヒーが運ばれてくる
「唐突かもしれないけど 君にとっては
僕は君が好きなんだ 好きでたまらないんだ
結婚してくれないか」
もう一つの小さなプレゼント 小さな箱をテーブルの上に青年は置いた
「見ていいの 開けていいの」
おずおずと彼女は青年に尋ねる
青年は黙って頷いた
小さなダイヤモンドを組み合わせたデザインのー指輪
「なんで どうしてサイズわかったの?」
「祭の出店で指輪買ったでしょ それぞれ自分が気にいったの あの時に君が買ったのと同じサイズの指輪を買っておいた
その指輪を店に持っていって これと同じサイズにって」
「あんな前から わたしと」
「僕はずっと付き合っているつもりだった 友達じゃない」
「いいの わたしなんかでいいの」
「君が 僕なんかーでいいのなら」
彼女はしばらく声が出せず ただじっと青年を見つめていた
それから 冷めたコーヒーを飲んで 小さな声で「はい」
片方の靴はどこへいったか分からないけれど
片方だけの黒い靴は彼女の宝物になった
-3-
半日 道路に忘れられていた黒い靴はボランテイアで道路を掃除する道路に面した店の女性に拾われた
新しいその片方だけの靴を捨てるのも何故かためらわれて その女性は中にビーズを詰めて貝殻を飾って店の床に置いた
道路に忘れられていた靴は 新しい居場所を見つけた
道路の中央線近くで見つけた黒い靴から思いついたお話です↓
いったい どういう理由からだろうと不思議に思ったものだから^^;
あの黒い靴は結局どうなるのでしょう
誰かが掃除してゴミとして片づけられるのでしょうか 結局は