ーどうしても話したかったからー
時々「お茶碗屋さん」で見かける女性客がずっと気になっていた
だから気になって来てないかなーと期待して店に寄っていた
大雨で警報が出てバスが運行休止になった夕方
彼女がお茶碗屋さんを手伝っていて言葉を交わすチャンスに思えた
で同じように店を手伝って
すると もう少し彼女のことが知りたくなった
同じ方向だからとタクシーに乗り込み 名前は聞けた
森 詩音(もり しおん)
戻ってもらって降りるとき タクシーの運転手は ちょっと笑ったようだった
いいさ
で厄介だったのが 事情を勘付いたらしいお茶碗屋さんのママ
ま じれったくなってチャンスを作ってくれたようでもある
付き合ってほしいとお願いしてみた
気になる 好き どこからかが恋なんてややこしいことはわからない
会えたら嬉しいーと これが恋ってことなのか
ママに言わせたら「見え見え」だったそうだが
詩音さんは びっくりした顔して
ママに助けを求めるようにー見た
「何も最初から恋人同士になる必要はないのよね」とママが確認を入れ
最初から恋人同士になれたら嬉しいーとも言えず
どっか不安そうに森詩音さんは会うことをOKしてくれた
それから互いに仕事もあるし 「お茶碗屋さん」で会うことの方が多かった気がする
映画 ボウリング スケート 植物園
水族館 美術館 博物館 動物園
一通り行くと少し遠い場所へ足を伸ばすようになり 一緒に過ごす時間が長くなってくる
じれったいような もどかしいような
手を伸ばして弾かれたら 縮められない距離感
我ながら歯がゆい
友人にはなれたと思う
ここからが大切だ 大事だ
お茶碗屋さんのママは あれからは何もくちばしをはさんでこない
「うん なんですって やめてよ恋愛について一席ぶれるくらいなら 独身でいると思う」
相談したら言われた
「好きなら好きだって言えばいいじゃない 言葉って気持ちを伝えるためにあるんだし」
はい ごもっとも
森 詩音さん あなたは僕のことが好きですか
僕はあなたが好きです
それだけのことだ
簡単なことなんだ
「まあ きっかけを作ったのはわたしだと言えなくもないーか」とママが言った
ママと呼ぶと不本意そうな表情をする
が 客に好きなように呼ばせていた
「好きなら好きだと 特別な存在なのだと はっきり言ってもらったほうが女は嬉しいものよ
森さんは嫌いな相手と一緒に行動するほど暇でもいい加減でもないと思うけれど」
「ママはいないの 好きな人」
「お店が恋人です」すかさず言って笑った
バンダナできっちり髪をおおっている エプロンか柄か無地の白ではない割烹着
化粧はごく薄い
ドアが開いて客が入ってくる
ちょっとママの表情が変わった
「これが妹のひずる 怖いから怒らせないように取扱いに気をつけて 」
入ってきた青年はママの兄らしかった 同年輩らしい連れがいる
その連れはママを眩しそうに見ていた
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「客暦」-1-店主の独り言