監督 クリント・イーストウッド
マンデラ・ネルソン(南アフリカ共和国第8代大統領 1918年7月18日生まれ 2013年12月5日病死)が書いた自伝「自由への長い道」をもし映画化するとしたら誰に自分を演じてもらいたいか?と尋ねられて 彼は「モーガン・フリーマン」と答えたそうです
その話を聞いたモーガン・フリーマンはその映画化の為の版権を買いました
そしてクリント・イーストウッドに話を持ち込み イーストウッドは監督を引き受けます
ただ残念ながらこの自伝は映画にするには長すぎたために ジョン・カーリン著「インビクタス」が使われることになりました
ラテン語の「死ぬまで屈服しない」からきて インビクタスの意味は「征服されない 屈服しない」なのだとか
また作中 27年の囚人生活でマンデラが心の支えとしていた詩が出てきます
ウイリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス」の一部ですが
「夜より出でて 私を覆う
どんな神であれ 感謝する
征服されざる わが魂に
過酷の魔の手に落ちてなお 私は怯みも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ 骨がちにまみれようと 決して屈しまい
怒りと涙尽きぬ この地のかなた
死の影が恐怖をほのめかす
だが 幾年月 脅威にさらされようとも
私は何一つとして おそれはしない
その門が如何に狭くとも
如何なる苦しみを負うことになろうとも
私が運命の支配者 わが魂の指揮官なのだ」
(映画からの聴きおこしです 間違っている部分があるかもしれません)
南アフリカ共和国は数少ない白人が優遇され 黒人は差別されてトイレすら白人と同じものを使用してはいけないーそんな社会でした
ネルソン・マンデラはこれに対し武力でも戦ったことがあります
そのために解放された時には白人からは「あのテロリストが」などともいわれました
1962年 マンデラは国家反逆罪により終身刑の判決を受けます 44歳でした
この裁判の時のマンデラは 弁護士によれば「自分が死刑になっても アパルトヘイトを法廷に引きずり出す覚悟ー」であったのだとか
長い獄中生活 刑務所での作業の為にマンデラは目も傷めます
解放されたのは1990年 マンデラ(モーガン・フリーマン)は72歳になっていました
経済制裁を受け 国際社会から追放されたような国になっていたのです
ラグビーも世界大会には出場できていませんでした
南アフリカ共和国のラグビーチームのスプリングボクスのキャプテンがフランソワ・ピナール(マット・デイモン)
彼の父親はマンデラを嫌っています
当時ラグビーチームはアパルトヘイトの象徴でした
ラグビーはイギリス発祥のスポーツです
チームにいる黒人は小柄なことからか「黒い真珠」と呼ばれるチェスター・ウイリアムズただ一人でした
大統領に就任したマンデラは 黒人が大統領になった為に 報復人事を怖れて辞職しようとする白人が荷造りに忙しい姿を見ます
まず許すことから始めようー
過去は忘れよう この国の未来を見据えて前進しよう 力を貸してほしいーとマンデラは話します
これまでは公安で反アパルトヘイトの者達を追い詰め捕まえる側ー敵だった白人たちを自分のボデイガードとしてマンデラは受け入れます
もとからのマンデラの仲間の黒人たちは「いつ寝首をかかれるかわかったものじゃない」という表情ですが
貧困 人種差別
対外政策 経済の安定
国の内外 問題山積
マンデラは寝る暇もないほどの多忙なのでした
白人への恨みなどから スプリングボクスのチーム名もユニフオームも国歌も変えるべきだという集会もありました
それにマンデラは反対します
12票差でわずかにマンデラは勝つのです
過去は赦し同じ国の国民として共に生きていくために
マンデラはラグビーチームのスプリングボクスのキャプテンのフランソワに会いたいとお茶会に来てくれませんかーと誘う
困惑しながら官邸に向かうフランソワ
みずからテイーポットから紅茶をカップにつぐマンデラ
ラグビーのこと 選手の力をひきだすためにしていること
囚人生活で生きる支えにマンデラがしていた詩のことなど
意義ある時間を二人は過ごします
車でフランソワを待っていた妻は尋ねます「(大統領は)どんな人だったの」
フランソワ「あんな人に会ったのは初めてだ」
妻「何を言われたの」
フランソワ「ワールドカップで優勝しろってことだ」
マンデラは妻とはうまくいってませんでした
白人から迫害された恨みをウイニー夫人は忘れられません
握手すら白人とはしてほしくないのです
マンデラは国民が家族だと言います
しかし それは寂しい 孤独です
やすらげる場所がありません
1995年 ラグビーのワールドカップが南アフリカ共和国で開催されます
緒戦のオーストラリアに勝利しなければ
しかし専門家の意見はオーストラリアが有利
マンデラは言います「専門家の意見が絶対なら 我々はまだ刑務所にいる
(世界中の)16億人が観るのか それは素晴らしいチャンスだ(この国が生まれ変わったと知ってもらうために)」
そしてスプリングボクスの選手達にラグビー教室を開いてほしいと伝えるのです
対外的なイメージアップのために
貧しい子供たちもとても喜びます
子供たちと接して選手の意識も変わってきました
喜んでもらえること こんなにも愛されていると知ることは とても嬉しいことでもあるのです
けれど多忙さはチームを疲れさせます
チームは勝てないんじゃないかと マスコミは悲観的でした
就任以来休みなしのマンデラは考えます
また試験勉強するようにチームの一人一人の顔と名前を憶えていきます
車での移動中にも
大学時代にマンデラはラグビーの経験がありました
試合前日 マンデラは練習中のチームを訪ねます
選手の一人一人に声をかけて激励するのです
ただ黒人選手のチェスターは故障があり試合には参加できそうにないのでした
マンデラは自分が心の支えとしていた詩が書かれたものをフランソワに渡します
キャプテンだけは個室が与えられており フランソワの妻が部屋へ訪ねてきます
フランソワはマンデラから渡された詩を読んでいました
不利と言われていた試合に勝ち 歓喜に沸く祝勝会へ「朝6時からランニング」と伝言
翌朝ランニングをこなしたチームのメンバーは家族と共に船に乗り ある場所へと案内されます
そこはマンデラが収容されていた刑務所です
フランソワは両手を広げたら壁にあたりそうなその部屋の狭さ 窓からの景色などを見て そこにいるマンデラを 姿を想像します
ドアにある466-64という数字は1964年に収容された466番目の囚人という意味だと説明も受けます
そうしてフランソワが思いはせるマンデラは ある夜 過労で倒れます
「完全なる休養が必要です!」と医者
さて 故障が治ってチェスターはチームに復活です
決勝戦まで順調に勝ち進むチーム
官邸では休み時間に職員たちがラグビーの真似事をするほど ラグビー人気が高まっています
ところが決勝で対戦することになるニュージーランドのオールブラッグスはおそろしく強いチームでした
日本などは145VS17で負けたそうな(未だに大敗記録だそうです^^;)
この「手に負えない強さ」のチームについて「あらゆる情報を集めるように」スポーツ大臣へ伝えてくれーとマンデラ
スプリングボクスはよくやったーという相手に マンデラが言います
「ここでひくわけにはいかん この国は誇れるものを求めているんだ」
決勝を前にフランソワが考えていたのは「30年も狭い独房に入れられて それでも人を許せるのはどうしてか」と妻に話します
チームにかけられる人々の声
国民全体がチームを応援しています
決勝戦が行われる会場を見渡してずっとマンデラを守ってきた黒人のボデイガードが 以前は心を許してなかった公安出身の白人の同僚に言います
「とにかく俺は大統領が無事でいてほしい」
白人同僚「みんなもそうだ」
そしてボデイガード全員には「今日は許さん 俺たちがいる限り(どんな暴動も いかれた犯罪者も)絶対に阻止するぞ」
ところがね 試合会場に突然近づくジャンボジェット機がありました
パイロット「私の独断で行ったと記録しておいてくれ
ここからの出来事には 私が全責任を負う」と決然とした表情
それに頷く相手も共犯めいた表情で
陸上では すわテロか?!と慌てるボデイガード達
しかし しかし近づく機体には勝利を祈る言葉が 幸運を!
会場の大観衆からは大歓声
(これね 本当のことなんですって パイロットさ~~~ん・笑)
さて迎えるは最強の敵
もちろん観客席にはマンデラ大統領もおります
試合前には両チームの選手に激励の言葉をかけておりました
フランソワの作戦は とにかく相手チームの得点源の選手ロムーを走らさないこと
ヨハネスブルグのエリスパークは62000だか63000だかの大観衆
そして会場に入れない一人の子供は試合が気になって 車のラジオを聞いている大人たちの傍へ
ところが子供が黒人なため「あっちへ行け」と二人の白人さん
最初はね
試合は9-9の同点で20分の延長戦の前 休憩の集合でフランソワは疲れているだろうチームの仲間に言いました
ー顔をあげろ (大観衆は国歌を歌っていました)声が聞こえないか 俺たちの歌だ
かつて国歌を覚えるように歌詞の紙が配られたことがありました
その時 覚えようとしない仲間にフランソワは言っています
神は必要だ
そして15-12で南アフリカ共和国が見事に優勝です
(映画だからーの展開ではありません これね実話なんです)
黒人のボデイガードに抱き付く白人の観客
皆抱き合うように喜び合っています
そしてまた外でもラジオをいつしか一緒に聞いて応援していた黒人少年を抱き上げる白人の男
もう仲間 一つに
白人も黒人もとけあって
マンデラの夢見た国の景色です
この光景が世界中に流れます
チェスターは選手仲間に乞われて神に祈りの言葉を捧げます
ー(試合で)誰も怪我しなかったことを感謝します 何よりも勝利に感謝しますー
ボデイガードの黒人と白人も握手を
インタビューに応えてフランソワ「(ここにいる観衆だけでなく)国民みんなの(応援の)おかげです」
「有難う 国民に誇りを与えてくれた」また勝ってくれた礼を言うマンデラには
フランソワ「有難う 僕こそ感謝します 誇れる祖国にしてくださった」
そして映画は マンデラの独白 あの詩からの言葉で終ります
「どんな神であれ 感謝します
私が わが運命の支配者
わが魂の指揮官ー」
さてマンデラのミドルネーム「ホリシャシャ」にはコーサ語で「トラブルメーカー」の意味があるそうです
先祖が誰かを示す氏族名はマデイバ
マデイバと映画の中でも呼ばれています 一種の尊称として
モーガン・フリーマンがとてもすばらしくて
クリント・イーストウッド
あの「ローハイド」の若いカウボーイが
「ダーテイ・ハリー」のー
マカロニウエスタンのガンマンが
見事に映画監督してくれています
観た後の気持ちの良さが
そしてネルソン・マンデラ
フランソワ・ピナール
思わず検索をかけてしまいました(笑)
現実のフランソワは演じたマット・デイモンよりも大きな方
フランソワを訪ねたマットは言ったそうです
「僕 カメラ映りが 大きくてね」
フランソワは思わず笑ってしまったとのこと
それからマットに手料理を振舞ってくれたそうです
ユーモアって大切ですね