ひと枝の雪柳を抱えて戻ってきた青年の落ち着きを装ってはいるが何処か上気した顔つきを 鶴子は憎いと思った
青年でなく彼にこんな表情をさせた相手の少女が
自分が企んだことであるのに面白くない
常識的には青年の相手としては 妹の千花か あの少女あたりの年頃であると 充分承知している
まして学生時代の千花が 同級生の青年 白藤一郎に片思いしていたことも知っている
―それがどうしたのよ!―
一郎と初めて会った時 鶴子には 大学を出ればすぐ結婚する婚約者がいた
家同士の決めた相手 松本智彦
はるかに年下の まだ少年っぽさを残した一郎を 鶴子は『欲しい』と思ったのだ
そして・・・手に入れた
一郎の未来は自分のものだ 全て
夫の遺した会社に就職させようと思っていた一郎は しかし大学卒業後「借金をてっとり早く返す為」と ホストになった
そんな逆らいぶりは可愛い
まだ三十歳の鶴子は自分の美貌と肉体に自信を持っていた
―あんな小娘などに―
垢抜けない女学生ではないか
千花が家へ送る為に車庫の方へ生徒達を連れて行く姿が 鶴子の部屋から見えた
一人だけ制服でないので 風呂に入ったのが その娘と判る
色の白い大人びた 着る物のせいか 年より上に見える娘だった
学園祭は一週間後だという
鶴子は一郎を連れていくことにした 「こんな機会でもなければ 女子校の学園祭なんて行けなくてよ」
ホストをしている一郎の着こなしは この日は地味な背広に押さえていたものの 人目をひいた
千花の文芸部は 詩集や学生の書いた小説の小冊子を無料で配っていた
桜舞う 吹雪美し 人見れど 花の死骸の 哀れ無残
月浮かぶ 清らな夜に 我泣ける この瞬間は 二度とはあらじ
展示された短歌の中でも 毛筆が目をひく 平仮名で「かずひ」とあった
その短歌の下で先日の娘が 押し花のついた栞を配っていた
一郎も気がついたようだ 娘を注視している
美しい娘だった 整った顔をしている
千花と同じ 知の勝った顔だと 鶴子は思った
まっすぐなまなざし
一郎に目を止めた娘は 頬を染めた
鶴子は軽く眉をあげる ―こんな娘を引き裂いたら どんなに楽しいだろう―
長い付き合いで 鶴子がこういう表情をした時は用心が必要だと一郎は知っていた
「この二首は美しいけど哀しい歌だね 字が凄く綺麗だ かずひさんというのは?」
鶴子の顔が引きつるのが判る
娘は栞を差出しながら「私です」そう言った
そこに千花が入ってきて 警戒するように声をあげる 「お姉様!」
「あらあ~ら こわい顔しちゃって 可愛い妹がどんな学校で頑張っているのか 見にきてあげたんじゃないの」
年齢が七つ離れているせいか この姉に親しみを感じることは 千花は殆どない
同じ家に住んでいても 鶴子の取巻きにかつての同級生 一郎が加わったこともあり 他人より冷たい関係にあった
村井の家を継いだ真一にも 鶴子は「わたくしのお陰で この家は潰れずに済んだのよ」と言い放つ
千花は姉のようになるまい―と思っているのだ
「嬉しいわ お姉様 どうぞ ゆっくり眺めてらして」
「千花さん あなた エスの気があるのではなくて」
「エス?」