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どこからが夢で、どこまでが現実だったのか、曖昧ではありますが、時間を巻き戻せるという時計こそが、ヘジャの望みだったように思います。
多分、いつもそういう思いを抱いて生きて来たんだろうと。
ヘジャは、記者のジュナと結婚し、テサンという息子をもうけました。
ジュナは、我が子の愛し方が分からず、戸惑いを見せました。彼は、ろくでなしの父親の元で愛されずに育ったので、父親として子供をどう愛すれば良いのか、知らなかったのです。
ヘジャは、自分も母親は初めてだと言いました。
だから、2人で一緒に頑張ろうと。
その言葉で、ジュナは救われました。
自分の指を握る赤ん坊、一生懸命に自分に向かって駆けてくる息子を、ジュナは心から愛することが出来ました。
ある日、その幸せが壊れてしまいました。
当時、言論統制が厳しかったことで、記者が一斉に逮捕されてしまったのです。
同僚は釈放されましたが、何故かジュナだけが拘留されたままでした。
何度も抗議に警察署に行ったヘジャ。
新聞社の上司の抗議もあって、一度は面会も出来ました。
その時、ジュナは傷だらけでした。暴力を振るわれたのは一目瞭然です。
シャネルおばあさんの殺害容疑をかけられたジュナが逮捕された時、ヘジャが血相変えて警官に詰め寄り、暴力を降るってるんじゃないの?!・・・と騒いだのは、この記憶のせいかと思われます。
まぁ、正確に言うと、このシャネルおばあさんの一件もヘジャの夢物語かもしれませんが。
この時、ジュナを取り調べていたのが、どうも、あの時計を持ってるおじいさんだったようです。若かりし頃の。
突然、ジュナの死亡通知が届きました。
肺炎を起こし、病院に連れていったが、手遅れだったと言われました。
そんなバカな事が!と、ヘジャとヘジャ父とが猛抗議しましたが、もう遅かった。
ところが、遺品の中に、ヘジャがプレゼントした時計が無いのです。
いつも腕にはめていたというのに。
あの担当刑事が盗んでいたのです。
刑事の腕にその時計がはめられているのに気がついたヘジャは、狂ったように飛びかかりました。
でも、証拠が無くてね。裏蓋のイニシャルを思い出していたら、取り返せたでしょうが、その時のヘジャに、そんな冷静に考える余裕はありませんでした。
騒動のさなか、刑事の手の甲にはヘジャがかきむしった傷がつきました。
ジュナが亡くなり、母と息子二人の生活が始まりました。
追い討ちをかけるような出来事が。
転がったボールを追いかけたテサンが、車に跳ねられて、片足を失ってしまったのです。
ヘジャは、テサンを厳しく育てました。
体が不自由になったからと言って、決して甘やかすことはありませんでした。
美容室を開いたヘジャは、朝から晩まで仕事に追われました。
テサンが甘えたくても、その隙が無いほどに働きました。
だから、テサンは、母に愛されていないと思うようになってしまったのです。自分は母にとって厄介者でしかないんだと。
テサンは、足を失ってしまった事のせいか、母への恨みのせいか、反抗期は長く続いたようです。
アルツハイマーになってしまったヘジャを、哀れに思う反面、厄介だとか、苛立つ存在として見てしまう理由は、そこにありました。
ヘジャが、テサンが義足だと知って、泣きながら謝ったこと。あれは現実にあったことのようです。
父さん、ごめんなさい・・・と、泣くヘジャを複雑な表情で見ていたテサン。
あれは、息子の自分を父親だと呼んだ事に対しての戸惑いだったのかもしれません。
或いは、事故に遭わせてしまったことへの母親としての後悔、詫びだ思ったのかも。
ヘジャの症状はますます進み、分かるのは息子のテサンと親友のヒョンジュくらいになってしまいました。
嫁は既に病院に勤務してる介護職員だと思っています。
テサンは、それを知った時、妻に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
でも、妻は、大丈夫だと言いました。私が分かってるから、いいの・・・と。
ある夜、あのおじいさんがヘジャの病室を訪ねて来ました。
泣きながら、時計を返そうとしました。
済まない・・・と。
でも、ヘジャはそれをおじいさんの手に握らせました。
もう必要無かったのでしょうね、ヘジャには。
ジュナの法事が行われました。
飾られた写真は、若いジュナ。その時からジュナの時間は止まったままです。
“私の人生は不幸だったと思っていました。悔しい思いでいっぱいでした。でも考えてみたら、あなたとの幸せだった記憶もあるし、不幸だった記憶もある。その記憶のおかげで今まで頑張ってこられたんです。その記憶が消えるかもしれないと思うと、怖くてたまりません。あなたが死んだ日よりも今の方が・・・あなたを忘れてしまうと言うことの方が私にとっては怖いんです”
ヘジャは心で呟きました。
「あなたの好きだった時計を持って来ようと思ったんだけど、やめたわ。残念だった?ごめんなさいね。それから、ずっと寂しかった人を一人で逝かせてしまってごめんなさい。」
若いジュナに向かって、ヘジャは言いました。
ある雪の日、突然ヘジャの姿が病室から消えました。
連絡を受けたテサンは、病院に駆けつけ、必死に探しました。
そしたらヘジャは、箒で病院の歩道を掃いているじゃありませんか。
何してるんだ!と、テサンが怒ると、ヘジャは言いました。
「息子は足が不自由なの。雪が降ると通学路が滑るでしょ。」
その瞬間、テサンは思い出しました。
雪の日、通学路はいつも掃かれていたことを。そのおかげで、自分は転ぶ事無く通れたということを。
掃いてくれたのは、近所の人だと思っていました。
でも、母だったのです
いつも厳しく当たっていた母だったのです。自分は愛されていないと思ってきたテサン。全然母の気持ちを分かっていなかったことに気づきました。
息子は知らないでしょ・・・と、テサンが言うと、
「知らなくてもいいの。息子が転ばなければそれでいい。」
テサンの目から涙がこぼれ落ちました。
着ていた上着をヘジャの肩に着せかけ、抱き締めて泣きました
息子さんは、一度も転ばなかったって、雪が降る日に一度も転んだ事が無いって・・・と。
良かった・・・と、ヘジャは本当に嬉しそうに微笑みました。
その姿を見た妻は、夫の肩を優しく撫でました。
我慢しないで泣いていいのよ・・・と。
テサンは、初めて妻の前で感情を露にしました。号泣しました。
そして、天気の良い日。
病院の中庭でテサンと話をしながら逝きました。
一番幸せだった日のことを話しながら。
愛するジュナとやっと再会できたのです。
“私の人生は、時には不幸だったし時には幸せでした。人生は単なる夢にすぎないと言うけれど、それでも生きられて良かったです。今の生活が苦しいあなた。この世に生まれた以上、そのすべてを毎日楽しむ資格があります。平凡な一日が過ぎて、また平凡な一日が訪れても人生には価値があります。後悔ばかりの過去や不安だらけの未来のせいで、今を台無しにしないでください。眩しいかぎりの今日を生きてください。あなたにはその資格があります。誰かの母親であり姉妹であり、娘であり、そして私だったあなたたちへ・・・”
キム・ヘジャさんが語るからこそ、重い意味深い助言です。
予想以上に、素敵な作品でした。
お勧めです