《社説①》:ウクライナ侵攻 プーチン氏の演説 蛮行の正当化はできない
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《社説①》:ウクライナ侵攻 プーチン氏の演説 蛮行の正当化はできない
ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、第二次世界大戦での対ナチス・ドイツ戦勝を記念する式典がモスクワで開かれた。
式典でプーチン露大統領は、「北大西洋条約機構(NATO)が(ウクライナ東部)ドンバスや(南部)クリミアで軍事作戦を準備していた。国境近くに大きな脅威があった。唯一の正しい選択肢だった」と侵攻を正当化した。
さらに、昨年12月、NATOをこれ以上東方に拡大しないことを柱とした安全保障の新たな提案を、欧米側に示したことに触れ、「すべて無駄だった」と、侵攻の原因を作ったのは欧米側だと責任を転嫁した。
ウクライナ侵攻を「ネオナチとの衝突」と主張し、戦地のロシア兵は「ナチスが復活しないように祖国の未来のために戦っている」と強調した。
ソ連は1941年にナチスの侵攻を受け、対独戦で多大な犠牲を出した。また、ソ連崩壊後にNATOが東方に拡大したのも事実である。
◆ゆがんだ歴史観を主張
ただ、そうした過去の経緯を持ち出して、現在の蛮行を正当化することはできない。プーチン氏の主張は、ゆがんだ歴史観に基づいている。
欧州で大戦が終結したこの日は本来、ナチスと戦ったソ連や米英仏など連合国が共に戦没者を追悼し、平和を誓う日だ。
だが、ウクライナ侵攻によって双方が敵対者として記念日を迎えるという異常事態になった。欧米とロシアの歴史認識が、あまりに懸け離れてしまった現状を示している。
プーチン氏の演説に先立ち、主要7カ国(G7)は首脳会談を開いた。声明で、ロシアの軍事行動について、「いわれなき侵略戦争」であり、「ロシア国民の(第二次大戦での)歴史的犠牲を辱めている」と非難した。
第二次大戦の反省から、ソ連を含む国際社会は国連を中心とする戦後秩序を作った。独立国の主権を尊重し、国家間の対立は話し合いで解決すると決めた。
プーチン氏は侵攻について「時宜にかなった正しい決定だった」と強弁した。しかし、その後の作戦が計画通りに進んでいないのは明らかだ。
記念日の演説でプーチン氏は具体的な戦果を示せなかった。友好国ベラルーシのルカシェンコ大統領でさえ、「作戦がこんなにも長引くとは思っていなかった」と述べているほどだ。
懸念されるのは、プーチン氏が強気の姿勢を崩さない中、ロシア軍の攻撃が激化し、市民の犠牲がさらに増えることだ。
ロシア軍に一時占領されたウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊のブチャでは、非戦闘員の遺体が多数見つかり、虐殺が疑われている。
市民が避難している劇場や学校など民間施設も攻撃を受けている。戦線が隣国モルドバに拡大する恐れも指摘されている。
一方、米欧などは対戦車ミサイルや戦車、装甲車などの兵器や軍事情報をウクライナに提供し、関与を深めている。
◆G7は結束して対応を
厳しい経済制裁を科すG7は、ロシア産原油の禁輸または輸入の段階的廃止に踏み込み、日本政府も足並みをそろえた。ロシアの暴挙を止めるために結束して対応するのは当然だ。
何としても防がねばならないのは、ロシアとNATOが全面対決に至る事態だ。
バイデン米大統領はプーチン氏について、「あの男は権力の座に居座ってはならない」と述べ、体制転換も視野に入れているとの観測を呼んだ。オースティン米国防長官も「ロシアの弱体化を望む」と述べた。
反発を強めるプーチン氏は、米欧によるウクライナへの武器供与を非難し、「ロシアに戦略的脅威を与えようとするなら電光石火の対応を取る」と語り、核兵器使用の可能性さえ示唆した。脅しであったとしても、到底許されない発言である。
「われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う」。憲章に記されている国連の創設目的である。
プーチン氏はこの精神を無にしてはならない。今すぐ無謀な攻撃をやめるべきだ。このままではロシアの威信を損なうだけだ。
元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2022年05月10日 02:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。